イガイガボン

出版の(株)iga

中也の神と花札物語

with one comment

谷敏行の絵というとなぜか、中原中也を思う人が多い。
谷敏行自体は中原中也なんて知らないだろう。
マンガとロックだけ。
けれど、どういうわけか、
谷敏行の絵を見て中原中也を思ってしまう。
若くして死んだこと、不幸のあまりに死んだこと、
双方おしゃれさんであったこと、
そして作品の明るさ、あっけらかんとした明るさ……。
このあたりは似ている、と言えば似ているのだが。
 
以下はドラゴン6章に新たに追加したいとして
戸沢英土が送ってきた中原中也の歌。
 
中原中也(中学)

人みなを殺してみたき我が心
その心我にわれに神を示せり

 
中也15歳、中学生のとき
嘆異抄にある親鸞発言に耽溺しての和歌。
 

戸沢英土は、これは現代にも続けて通ずるとして、こう書いてきている。
 

誰でも何かをたたき殺す勢いで生きているのだと思う。
人間だけではない、殺処分が凄すぎて、
今は山里にすら野良犬などいない。
人間性を剥奪しなければ社会的には生きられない……
いや、そんな生優しいもんじゃない。
まさに処分という形で、
環境をクリーンアップしていく流儀が現代でしょう。
誰でもが加害者。汚染まみれの食料を押しつけあう……

 
平和で綺麗な社会……
でもその実体はこうだと、と戸沢英土は見ている。
谷君の絵画世界もその背景にはこの中也の世界がある、
うわべの綺麗でクリーンで平和な世界を剥いだ世界で展開している……
戸沢英土の見方ではこうなるのだろう。
嘆異抄は、親鸞の言葉を弟子の唯円が書き残したもの。
中也の和歌はその中の親鸞の言葉
 

「人を千人殺してんや……」

 
に触発されて書かれている。
人を千人殺して見ろ、
そうしたらお前は成仏するだろう……と
唯円が師匠親鸞に、はなしを持ちかけられている場面だ。
嘆異抄の中でも有名なくだり、
まことに物騒な場面とはいえ、中也のような解釈は見たことがない。
おそらくは間違った解釈とされるのだろうが、
私はこの解釈が一番、親鸞の心を表しているように思った。
 
谷敏行の月
中也の和歌の下半分
「その心われに神を示せり」が、
はじめのうちは、分からなかった。
だが、谷絵画をみて、この「神」が、
谷絵画集「花札物語」の神だと気がついた。
大きな口を開けている怖い顔のお月様、
これが彼ら、中也そして親鸞の神だと。
 

親鸞の天空にあったのもこの神様。
蓑傘1つで全国津々浦々を放浪、
惨苦の民衆を救おうと苦しみ転げ回った親鸞。
彼の言葉はどれも尋常ではない。
尋常でない神様に喘いだ親鸞、中也、そして谷敏行を思った。
 

戸沢
「だからせめて自らの創造物だけは美しくあれ、と
文化を飛び越して妄想で世界を作ってしまう。
平和で穏やかで……
でもそれは嘘世界、白々しい嘘世界……」

 
大半の人は皆、その世界を真実と見るのかもしれない。
それを自然としてそこにいやされるのかもしれない。
だが、どうしてもそうは見ない人がいる。
たわけたい嘘世界としか見ない人がいる。
沈んだと思ったらまたまた現れてまたもや私たちを襲う。
1個、2個ではない、3個も4個もつぎつぎと現れて、
更なる不幸をもたらし、私たちを追い込んでいく、
そういう神としての月。
そういう月が
大きな口を開けて
大笑いしながら
空を圧するばかりの大きさで輝いている。
 

5月、深夜、
かぐわしい柑橘類の花々の芳香の向こうに細くたたずむ月。
誰もが、その姿にあざむかれてしまう。
誰もが本来の月を知らない。
恐ろしい神としての月。
皆を優しく暖かく包み込む神様ではなく、
隙あらば、殺処分と躍り掛かってくる神様、
千人万人を一どきに殺して笑う神様、
そういう神様が、夜の向こうに、こうこうと輝いている。
貴女には見えないかもしれない、
だが、わたしの上にも
また、貴方の上にも、等しく
あの恐ろしい神々が、
空を圧するばかりの大きさで、輝いている。
 
 
ドラゴン in the Sea 上・詳細ページ


ドラゴン in the Sea 下・詳細ページ

Written by イガイガボン

at

One Response to '中也の神と花札物語'

Subscribe to comments with RSS or TrackBack to '中也の神と花札物語'.

  1. A really good answer, full of raaotntliiy!

    Joan

    18 5月 17 at 20:43

Leave a Reply