イガイガボン

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嵐が丘

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ースクリフは何処からきたのか?

本文で、一度ならず囁かれる……ということは、
出自を読者が簡単に辿れるはず、もしくは辿って欲しい、と作者は思っていたのか?

さてどこからか?
『嵐が丘』の主、アンショー氏は旅先から彼を拾ってきた……という、旅先とはどこか。

当時の英国陣は、植民地に出かけて荒稼ぎ、莫大な富を本国に持ち込んで、
それぞれが宮殿まがいの自宅を建立していた時期で、
これは姉、シャーロットの小説『ジェーン・エア』の雇い主と同じ。
おそらくは、港町リバプールから出向、中南米あたりに出かけていたかと思われる。

ジェーンエアの主にしろ、アンショウ氏にしろ、そこでも家庭を持っていた……
そこで、もうけた子供を、連れ帰った……

つまり、『嵐が丘』
ヒースクリフはアンショー氏の実子であり、
キャサリンとは実の兄妹……こう読者は推測するとみて、
まずは、近親相姦の徹底否定のために書かれたと推測される。

エミリには、肉の愛を徹底否定する「愛」を提示する必要があったのだ。

つまり『嵐が丘』の目的である。
私たち兄妹の愛は、つまりブランウェル・ブロンテと、エミリ・ブロンテの関係は、
たとえ恋愛であったとしてもプラトニックな恋愛である……
この釈明のためにエミリは書いたのである。
 
 
当にエミリは全文を書けたか?

と疑惑もあるのだが、それは置いておくとして、
エメリには緊急に出版する必要があったわけで、
例え誰の作であろうと、とにかく緊急に自身の名前で、
自身が書いたとして出版する必要があったのだ。

エミリのたちの父親、ブロンテ氏は、アンショウ氏のような商人ではない。
人々の尊敬を集め、それなりの政治活動も行っている牧師館の主である。
その子弟が相互に「みだらな肉の愛」に耽っていたとなると、いったいどうなるか?

これは、まずは『嵐が丘』冒頭の宿泊した旅人の夢の中に登場、
怒り狂って押し寄せる会衆に教会がさんざんに踏みにじられる光景となって登場する。
この恐怖がエミリを終始支配し、兄ブランウェルを非業の死へと導いていくのだ。

「牧師館での子弟相互の淫らな肉の愛」……秘められていたはずを、
エミリは、その前年に赤裸々に書き込んだ詩を出版してしまっていた……
何としても、これを打ち消さなければならない……

つまり問題は3姉妹の詩集である。
エミリは、自身の実体を、ここに書き込んでしまっているのだ。

エミリは、姉シャーロットの3姉妹での詩集出版に猛烈に反対した挙句、
シャーロットに屈して出版はしたものの、大幅に手を入れて改作、その痕跡を消しさっての出版、
またその詩集、ほとんど売れていないのだから、誰も読んではいない、
そういう心配は無用なはずを、まだまだ恐怖に駆られていたのだろう。

詩集の痕跡を消し去らねば……

エミリはこれで動いていく。
普通ならこう売れなければ出版はしばし諦めるものを、エミリは逆。
早急に小説を執筆、今度は自身が出版社に出かけて出版交渉、刊行したしまうだ。
 


 
『ドラゴン in the Sea』上下巻にわたっての『嵐が丘』。

その作者は誰か? また、上記のような近親愛の顛末は電子書籍版の補注に詳しいのだけれど、
最近になって、牧師館の資料ほか、広範囲の公文書から、
父親ブロンテ師と長子ブランウェルの資料を大量発掘、
父とともに、政治活動も積極的におこなった闊達有能なブランウェル像が浮上している。
バカ、ダメ扱いのブランウェルだが、
最後まで優秀有能な友人たちに恵まれた卓越した人物であったかと思われる。

家族で決定、ブランウェルに画家修行をさせたのだが、
画家で経済的に自立するのは現代でも無理、貧乏なのは当たり前でる。
世間知らずの3姉妹に貧乏をさんざんにバカにされ、いじめ殺された……という彼の友人の意見も正しいと思う。

本当の作者はエミリではなく、兄ブランウェルである……これも彼の友人の言葉である。
これも半ばは正しいのではないか?
 


 
てさて問題は、エミリ灼熱の恋である。

プラトニックではない肉付きの愛である。

エミリ死後、姉シャーロットは、エミリの日記小説他、
大半を焼却して、それをたどれないようにしてしまったが、
妹アンとの共作長編小説『ゴンダル』には、
半ば焼却されたとはいえ、一部は残存、ここで見ることができる。

本(嵐が丘)を誰が書こうと知ったことではない。
輝かしい灼熱の愛、エミリはこの愛の思い出に殉じたのだ。
 
 
 
参考


『ドラゴン in the Sea 上巻』電子書籍版
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こちらもぜひご参照下さい。

Written by イガイガボン

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