イガイガボン

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醜悪な精神3「美しい精神」

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明恵とヒトラー


 

京都栂尾高山寺
恋につかれた女が一人、
大島つむぎにつづれ帯が
影を落とした石だたみ
京都とがのお、高山寺
恋につかれた女が一人、

 

これは、かってヒット曲。
永六輔作詞「女ひとり」
ゆったり長閑な曲、
うっとりいい気分でつい口ずさんでしまう、
明恵のゆえか?

高山寺は、高僧明恵の寺。
高徳のホマレ、高きにも高く、
高山寺自体も標高はけっこうあるのに
それでも足りないとして、いちいち
裏山の木の上に座ってる絵図が残っている。

明恵

時は鎌倉、
名君、北条泰時制定の貞永式目は
明恵の影響下に作成されたとされる。
政治理念にまで採用された倫理思想を生み出した人物、
権勢と並びなく、かつ心優しい人としても
様々も逸話が残されている。

仏様を「お父さん」と呼び、
タツノオトシゴだか、小さい虫だとかまでかわいがっていたとか、
親鸞のように「女」に走ることもなく、
せいぜい飴桶を抱えて飴をなめる程度であったらしい。
安全無害、これぞ聖人正に善人タイプ。
誰もが100%好きになるタイプではないだろうか?

ここまでの清廉潔癖となる日本にはなかなかいない。
ヨーロッパまで目を向けて、
近くは、議会で99%という脅威的なまでの
信頼をキャッチしたヒトラーくらいか?

幼き日は無論のこと学生時代も同じ、
下宿先ではあまりの生真面目に周辺を驚かせていた。
女性といえば、ただ一人、母上だけ、
乳ガン死の母上を慟哭、
あまりの激しさに、医師は奇異な印象をうけたほどだ。
(ここに知られざるヒトラーの秘密が隠されているのだが)

さて、話は東洋日本国、
この優しいこの明恵が
法然に牙を剥いたのである、
まさに阿修羅のごとく、狂ったように
法然を罵倒しまくったのだ。
 

汝は即ち畜生のごとし、また是れ業障深重の人なり
『摧邪輪』
 
近代法滅の主、雅のこれ汝をもって張本となす
『摧邪輪荘厳記』

 

まず『摧邪輪』、
翌年には『摧邪輪荘厳記』立て続けに2冊。
本タイトルは「サイジャリン」と読む。
「摧(ザイ)」が砕くという意味だから、邪悪を砕くという意味。

だがミイラ取りがミイラ、
むしろ書き手の明恵の邪悪がモロだしになってしまっている。

正に選択集の「内部と外相」である。
外側があまりに善良であるだけに、
明恵が内部に押し隠した諸々の邪悪、
攻撃心やら嫉妬やら、が凄まじいまでに極大化してして、
外側に暴発、法然に火となって噴出したかと思われる。

 
 

清浄心


 

法然罵倒が目的ながら、長々しい大冊、
それだけで埋まらないわけで、
法然拝む代わりにこれ拝めということか?
菩提心、これがポイント。

 
「浄らかな心もしくは煩悩にけがれていない心とは菩提心である」
 

摧邪輪で明恵はこう説明しているが、
清浄心とも言っている。
正義、良心の類か?

結局このあたりもヒトラーに通じていくわけで、
清廉だの正義あの、ひとりしっかり実践すればいいものを、
ヒトラーもまた、これがなにより大事と、がんがん演説、
大勢の人々を魅了してしまうのだ。
 
「普遍的正義」
 
これを正に力の限り喋りまくり、吠えまくり……
一時期にはドイツだけにとどまらず、
英国人やユダヤ人までファンは広がっていった。

正義の仕事は悪の征伐。
明恵の場合は「悪」は法然。
法然一人を攻撃すればよかったが、
ヒトラー場合は「悪」はユダヤ人。
ユダヤ人は数が多いので、大惨事となってしまった。

けれどそのもとは、正義、良心、清廉、清浄……なのだから、
ヒトラーを嫌うわけにはいかないのか、
どこまでもヒトラーを慕い続けて
どんづまり隠れ家の地下壕まで、
臣下は随行、恋人は共に自爆の道を歩んでしまう。
ヒトラー、ここまで真剣に愛された政治家はいないのではないか?

いったいナチ帝国とは何だったのか?
至純無垢な男が作った正義の国、
正確には、自分は至純無垢と確信する男、
作ろうとした理想の帝国ではなかったか?

そして思うのだが、ヒトラーと明恵、
双方、心のなかは正義だけ、
悪心はかけらも排除して生き続けた人、
行き続けたつもりの人ではなかったか。

そして思うに、だから思うに、
正義とは、また清浄とは
恐ろしいものはないのではないだろうか?
(続く)

Written by イガイガボン

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マリリン・マンソン

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また一つ、法然とあまりにかけ離れたロック歌手マリリン・マンソンとを、相並べて話を進めたことにも抗議の電話があった。
マンソンと言えば、数多のロック歌手の中でも悪玉の最大手、それを聖人君子ではナンバー1の法然と並べたのか?
いかにもいかにも相反する二人である。
だが、どういうわけか、その言説が似ている。あまりにも似すぎている。

元々マンソンに近似した人がいない。
セリフも又同じ。法然にしか見つけることができなかったのだ。
逆に法然も相当な変わった人ではないだろうか、類似のことは他の誰も、書き留めていない。
仕方なく遠くアメリカまで、足を延ばすことになってしまった。

悪を暴き立てる人は多い。
親鸞は、悪いのは天皇と政府上層部としっかり決めつけて書く。
これは今時の「政府が悪い、首相が阿呆だ」と騒ぐ私達と同じ、親鸞人気の所以だろう。

ともかく悪いのは、他の誰か、自分ではない。
自分は善人が前提。この上で、物語は語られ、続いていく。
いったいその逆があるだろうか。自分は悪人と主張する人がいるだろうか?
まず悪人は本は書かない、主張もしない、歌も歌わない。せいぜい刑務所でぼやく程度。
例外がこの二人。恐らく世界に滅多にいない例ではないだろうか?
この二人だけが騒ぐ。
肌の奥まで悪が染み着いて、絶対にとれないと騒ぐ。

普通は違う。
私が悪人のはずがない、と誰もが思っているわけで、この二人に同調する人はまずいないだろう。
だからこのあたりの法然に注目した人はいないのだけれど、これもまた悪人正機のカナメの部分ではないだろうか?

法然の父、漆間時国は押領使。所領を広げるため、あるいは守るため、人殺しも強奪もやったはず。
マリリン・マンソンの父親は、ベトナム戦争。ヘリコプターからベトナム全土に猛毒の毒薬をばらまき続けた。
日本に治療にきたベト君兄弟のように、子供達は身体がくっついて生まれたり……。たくさんの人を殺してしまった。
私の中には恐ろしい父親からの悪の血が流れている
マンソンも法然と同じ思いを抱えていたのではないか。

マリリン・マンソン

若き日のマリリン・マンソン

法然の場合、外相が福徳円満なら内心は逆、内心にはマンソン姿で苦しむ法然がいるのだろう。
マンソンの内心もわからない。
『ドラゴン』ではいかにも清純な彼の幼少時の写真を添付したが、こういうマンソンがいるのではないか?
マンソンは、大勢の小学生を演壇に乗せて一緒に歌ったりしている。
世界中にファンを抱えるロックスター、彼を神様として、あがめる子供達も多い事だろう。
法然と相並べてもそう、そうおかしくは、ない人物かもしれない。

あの穏やか円満な法然であるのに、ここまでたびたび法難に見舞われた人はいない。
1つは選択集への批判。時の高僧、明恵は法然、選択集を標的として、立て続けに『摧邪輪』『摧邪輪荘厳記』の2冊を刊行、徹頭徹尾、選択集を非難しまくり、法然を「犬畜生」とまでののしっている。
だがどうしたことか、法然側では特に抗弁もしないままに終わっている。
法然流罪については、その大著『教行信証』で、主上が悪い、政府が悪いと書き立てた親鸞も、これには沈黙、『摧邪輪』への論駁はなされていない。

ここまで言われて黙っているのも、どうだろうか?
その代わりに、と言っては変なのだが、今回、『ドラゴン6章』は『摧邪輪』の細部に分け入り、明恵への反論を試みた。

明恵は70巻もの書を残したそうだが、他はともかく『摧邪輪』については脆弱、凡庸である。法然『選択集』には足元にも及ばない。

ドラゴン対談者は全員、無宗教。うち一人はキューピー人形を神棚において拝んだりの情けないテイタラクではあるが、つまりかなりお粗末でもOKだが、摧邪輪には閉口した。
たがこの摧邪輪を念頭におくことで、「一枚起請文」にしろ「教行信証」にしろ、その意味が鮮やかに立ち上がってくる。

特に「一枚起請文」、「一文不知」のくだり。
文字や言葉を、また学問を知ることで、私たちは多くのものを失い、取り返しのつかない不幸を抱え込んでしまった。
知の原点、「学問」にグサリと楔を打ち込んだ名文だ。

また一つ、『一枚起請文』の眼目としての「観念」の否定。
明恵でいえば、菩提心や清浄心,『ドラゴン』でいえば、正義や善、これら言語のもたらす概念のタグイをまとめてバッサリ、『観念の念に非ず』と否定してしまった。
圧倒的な自信を背景とした法然の独断、何とも鮮やかだ。

当初、一枚起請文を摧邪輪への抗弁と見た。
それほどみごとに摧邪輪の細部までを見通したかのごとき完璧な反論となっている。
ところが実際には『摧邪輪』の刊行は、法然の死亡後の翌年。
おそらくは法然側では今後に起こるであろう、『選択集批判』を的確に予測、それへの対応策として準備されたものだろう。

法然の死に相前後して起こった旧仏教側からの法然バッシングが、かえって法然人気に火をつけたとも言われるが、一挙に法然ブーム、これでは日本中が法然一辺倒になると、日蓮まで嘆かせたのも、ひとつには、この名文、『一枚起請文』の力だろう

津々浦々の誰もが理解したであろう簡潔な短文。
だが高僧、明恵だけが、解読できなかった。
あまりにうず高く積みあげた学問の山に閉ざされて、じかに日常を見る視力を失っていたための解読不能ではなかったか?
簡単明快な『一枚起請文』をまったく理解できないままに、『摧邪輪』『摧邪輪荘厳記』の二書を刊行、法然打倒のつもりが、いやましに法然の魅惑を喧伝する結果を招いてしまったと見る。

法然の高弟 源智

法然の高弟 勢観房源智上人 知恩寺蔵

法然は「一枚起請文」執筆のその2日後に死亡している。
書かせたのは源智である。悪人正機説を記録したあの同じ源智が最期まで法然に付き添い、執筆を懇願したとされる。

源智は平重盛の曾孫。
画像では女性的な風貌だが並の人ではないのだろう。
あの豪壮広大な知恩院、知恩寺を建立するほか、異常な執念で法然のその後を延々と守り抜いていく。
 
 
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