イガイガボン

出版の(株)iga

Archive for the ‘海’ tag

あまりにも、あまりにも(悪人正機の悪悪悪)6

without comments

◆悪人とは何か?

殺傷は厳禁の仏教国としては、まずは人を殺す武士、
つぎに魚を穫る漁師、山で獣を狩る猟師、
ほか遊女などが悪人となるだろうし、
また魚を料理する主婦、料理人などもまた悪人となる……

結局、ほとんどの一般庶民は悪人。
みんなしていずれは地獄行きと観念していたのではないか?
ところがその悪人こそが極楽往生するというのだから、
法然教理、まさに国中を驚喜させたわけで、
それも念仏、「南無阿弥陀仏」この6文字唱えるだけでいい、
僧侶へのお布施も必要はない、というから
良いこと尽くし、あっという間に全国に広がった。

今、念仏というと坊様以外では、
世ほどに年取った爺さん婆さんが、
ブツブツモソモソ……のイメージしか湧かないのだが、
この当時は老いも若きもひたすら念仏。
法然弟子の安楽など大変な美形でもあったので、
熱狂的な若い女性達にかこまれての念仏。
目下のロックスター並の人気ぶり。

都大路で時ならぬ渋滞、皆驚いて何事か?と行ってみると
荷車引きの婆さんが法然様のお言葉を書き付けた紙切れをそこらに落としたとか。
大騒ぎでそこらじゅうを探しまくっていた……などなど。
まさに日本中が法然仏教に念仏に燃え上がったのだ。
 

◆善人たち

以上は当時の悪人たち、
法然から極楽を授かってはしゃぐ様をもかきそえたのだが、
ではその逆の善人は、だれか?
どこでどう暮らしているのか?

上記悪人たち、つまり
武士漁民猟師農民遊女以外が善人ということになるわけだが、
具体的には公家、高級官僚、僧侶……など。

彼らも無論、善人目指して修行、
極楽往生をおもっていたわけで、
たとえば公家なら広大場所領を寺に寄進したり、
また浩瀚な仏典をまなんだり……の様々の善行を積んでいたわけだが、
法然またその弟子親鸞はこの善人志願を悉く否定、非難するのである。

願海は二乗雑善中下の屍骸を宿さず。
いかにいはんや人天の虚仮邪偽の善業、
雑毒雑心の屍骸を宿さん。
(教行信証・行巻)

 

何でもを飲み込んで受け入れてくれる海でさえ、善人はうけいれない。
人が善行とおって行うの行為や、様々の思いも、嘘いつわりの仕業、
そういうものの、どうして受け入れることがあるだろうか?

善は見るもおぞましいそうい代物、海さえはじき出す汚さ。
いても立ってもいえられぬ程に我慢できない……
こういう思いが伝わって来そうな勢いである。
そして、親鸞にあっては、
そのおぞましい善人を具体的に名指してしまうのだ。

主上、臣下、法に背き、義に違ふ。忿をなし、怨みを結ぶ
(教行信証・化身土巻)

 

1207年の弾圧について、政府を糾弾するのだ。
天皇またその側近の臣下たち。
まことに明快である、当時に会って悪人正機とはなんであったのか?
悪人を善人より上位に置くということはどういうことであったのか?
悪人善人相互の身分を逆転しただけでなく、
貴賎の身分をも逆転してしまったのだ、

悪人を手本となし、善人まで摂す

 

上人伝は法然の言葉をこう記録している。
農民など庶民いわば下層階級である「悪人」が
王侯貴族など上層階級である「善人」を支配統率する……
と口語訳してみたがどうだろうか?

法然は一般庶民に向けてものを言う。
仏教世界での救済より摂政に意味で話した可能性が高い。
「摂」を摂政の意味として、口語訳をしてみたのだが、
こうなると正に、自由平等の民主主義である。
自由平等のフランス革命1794年より600年も前に
早々と平等とを民主主義を主張した者があったのだ。
法然とその弟子親鸞たち。
親鸞の浄土真宗にいたってはその実行を目指して戦ったのだ。

浄土真宗は又の名を一向宗。
一向一揆となって界隈一帯に広がり、
ついには織田信長に反抗、6万人の死者を出している。
信長に敗れ去ってはいるが、その昔、平等を目指し
主主義を夢見て勇気凛々戦ったものがあったことは、
誇ってもいいのではないか?

今はもう怖い信長はいないのだから、おそれることはない、
日本庶民といえば、ただもう権力者にはいつくばるだけ、
金を追うエコノミックアニマルはそのなれの果て、
今度は金に這いつくばるとの評判もこれで払拭できるのではないか?

イデオロギーもなし、神も思想もないとされる日本国だが、
ここにはイデオロギーを排撃を言う思想がある、
イデオロギーの根幹をなすはすの正義、良心等等を
断固切り捨てる思想がこの私たちの奥でうごいているのだ。

Written by イガイガボン

at

Posted in 雑記

Tagged with , , , , ,

あまりにも、あまりにも(悪人正機の悪悪悪)1

without comments

悪人正機説もまるで知らなかったわけではない。
これをおさめた嘆異抄とやらが、またまた名著の由、
聞き知ってはいたのだが、最近まで読んだことがなかった。
顔のせいだ。
問題は親鸞の顔。こんな顔の奴がまともな事を言うはずがない、
こう思ってページはめくらないまま。

親鸞といえば普通にはよほど歳を食ってからの顔、
それも簡単な素描のものばかり。

全体もぼけていてよく分からない。
浄土真宗側が隠しているのではないか?とつい疑ってしまうが、
30代、40代、壮年期の顔が描かれたのは見たことがない。

90歳の最晩年までガンガン書き連ねた親鸞、
何歳になろうがモーロクのはずはないが、
それでもなんとかモーロクを待って、やっと描かれた肖像画、
やっとボケかかって、なんとか大人しくなられたときの顔……
それだけが出回って欲しい……こういう思惑での肖像画とか?

だが彫刻はそこここ残っている。
九州のはずれ、とかこんな所に?という
ひなびたお寺にあったりしてびっくりする。

近い所では千葉は佐貫。
内房線の「さぬき駅」(正式駅名は佐貫町駅)で下車。バスで1時間の神野寺。
虎が逃げ出して有名になった寺だ。
いまは真言宗だがその昔は浄土真宗。
親鸞が滞在して自身で彫った座像が残っている。

はじめは気がつかなかった。
このあたりの豪族か?このあたりにも戦国大名、
異名はマムシの斉藤道三、
そんなような男がいたんだな、思いながら眺めていた。

眼光ケイケイ、怒気をはらんでにらみつけ、
今にも飛びかからんばかり。
受付でこれが親鸞と聞いてもしばらくは信じられなかった。
宗教家のかおではない、山賊、海賊、強盗の顔である。

まさか、この男、自分のような悪漢が正しい、
あんたらみたいな美人さんより、
またそこらのお偉いさんより正しいとか言っているのではないか?
まさかとは思うがたまにそういうずうずうしいのがいる。
……なんとなんと結局はこの「まさか」だったのか?

==============================

まずは悪人正機説、これは以下である。

善人なおもて往生す、いわんや悪人おや

 
大変に有名な一文だが、この意味となるとまず大半がお手上げ。
大半が分からないという。

往生というのは極楽往生のこと。
直訳すると、

「善人でさえ極楽に行くことができるのですから、悪人ならまず大丈夫。間違いなく極楽に行きますす」となる。

悪人は死んだら地獄とおもっていたら、なんと極楽に行くというのだ。
悪人の方が、善人より先。
まず一番に極楽に行くというのだ。
つまり、悪人の方が善人より正しい、としているのだ。

こういう説は他には見当たらない。
外国にもないのではないか?
善と悪との身分を逆転させてしまっているのだ。

歎異抄は危険として長く公開されなかったのも、
この部分のためか?ともおもわれるが、
なぜ悪人の方が善人より、いいのか?
これが分からない。

めでたく成仏、極楽についた思ったら、
石川五右衛門やらアルカポネやらすごいのがゾロリとなると困るではないか!
だれがこんな厄介なことをいったのか?
親鸞という説と法然という説の2説がある。
今まではずっと親鸞の説とされてきたもの。まずは親鸞を探った。

それらしいことはモヤモヤと幾分か書いてあるようで、
この嘆異抄からは、しかとは掴めなかった。
どこか他に詳しく理由を書いているはずと、親鸞の文書を隈無く探した。

膨大な教行信証4巻、何でもかんでも書きまくる親鸞のこと、
その中に書いているるはずだ……ところが、結局なかったのだ。

善人については、書いている。
善人は余りに汚いと罵倒しているがその理由、なぜ汚いかは書かれていない。
悪人はなぜ善人より立派なのか?
その理由を親鸞からは見つけることができなかった。
ひょっとして親鸞、その理由は分からなかったのではないか?

たとえ法然師匠にだまされたとしても、かまわない。
法然師匠についていくと言う歎異抄のちょうどこの前の2章にある。
法然の教説とはいえ、中にはよく分からない教理、
ピンとこない教説もあったのだろう。
この悪人正機あたりもそうではなかったか?

最近では、悪人正機は法然の説とするのが普通。
法然の高弟源智の「法然上人伝」に同じ文が
法然の発言として記載されていたからだ。

これは歎異抄より50年も前のもの。
作者の源智は幼き日から終始法然のもとにあった人物。
おそらくは源智が法然から聞き取って書きしるし。
それを親鸞など、だれかれが写し取っていったのだろう。

法然絶筆、一文起請文はこの源智の要請で書かれたもので、
法然はその2日後に死亡している。

息も絶え絶えの法然を無理無理たたき起こし、書かせたのだ。
それまで冷酷な人と反感を持っていたのだがなぜか画像を見てすべて氷解した。

画像は京都百万遍知恩寺の奥、分厚いコンクリート壁の蔵の中にある。
この人は法然を熟知している。
ひょっとして法然以上に熟知していたのではないか。
法然を愛し法然を守り、その死後までも守り続け……
そういう人物ではなかったか。

地恩寺境内の奥で、墨染め粗衣をまとって
半ばほほえんだままに700年を経た源智。
ただの画像である。
小さな軸の絵でしかないが、
いまだ生命を持ったままの人物として、微笑んでいらっしゃる……。

その細い穏やかな目から、全てを射抜くかに見える眼光を発し続ける源智画像、
叡智はこんなにも暖かく幸せなものであったのかと不思議に思った。

Written by イガイガボン

at

Posted in 雑記

Tagged with , , ,

朗読舞踏『ベンケイガニ』公演

without comments

11月29日、埼玉与野市。
山岡遊主宰、詩の虚言朗読会『夢の罠』。
イガイガグループは総勢5名で参加。
舞踏朗読「ベンケイガニ」以下3詩編を公演、喝采を博した。
 
2015-11詩の虚言朗読会_001
 
とはいえ詩編自体はよく見ると、かなり厄介な内容。
全部で20分もの長編。
ただし詩の制作時間は数分。
初めは意味がよく解らなかったが、踊ることで見えてきたものがある。
 
2015-11詩の虚言朗読会_002
 
発端は、その昔に見たカニの生態を追ったTVの科学番組。
夜中、家々のどこからかカニが1匹2匹と這いだして、
通りを軍隊のように列をなして移動していく……
みんなで街路を行進して浜辺にワンサカと集まるのだ……
 
それからどうなったか?
はるか昔の記憶で、内容は覚えていない。
果たして元の家にカニたち戻れたのか。
または、そのまま海の底に突き進んで行ったのか。
その昔、四国は壇ノ浦に沈んだ平家の人たちのようにである。
 
2015-11詩の虚言朗読会_003
 
栄養栄華、楽しく豊かに暮らしていても、その先はどうなるか解らない。
カニの場合は、潮の満ち引きで動く、つまりはお月様に支配されている……という説がある。
民主主義と平和を掲げて、愉快に楽しく暮らしていてもそれこそは「夢の罠」
ひょっとして、私たちもお月様、または、もっと遠い星の意向で、動かされていたりはしないだろうか?
 
 
 




ベンケイガニ
2015-11詩の虚言朗読会_010
 
セッセと努力、富国強兵となっていった戦前の日本人ないしは、
いっそうの繁栄を求めて原発建設、
世界にも原発輸出して意気盛んな近未来を想定しての背景。
そこへ敵機襲来。
原発にミサイル命中して原発爆発、
国土は火炎地獄となって皆死に絶える……
 
 


幽霊蟹
2015-11詩の虚言朗読会_009
 
原発爆発で死に絶えた蟹たちだが漸次幽霊蟹となって動き始める。
もう死んでいるのだから、文句も言わない。
戦勝国に言われるまま、「平和と民主主義」の衣を着せられて、
命ぜられた通りに「平和」と「民主主義」を踊り始める。
どこか空疎な「平和踊り」。
どこか画一的「民主主義踊り」を踊る幽霊蟹たち。
 
 


原発ヤクザ
2015-11詩の虚言朗読会_0082015-11詩の虚言朗読会_007

ベンケイガニ集団が変身した深紅の生命体。
幽霊ガニ集団が変身した漆黒の生命体。
……ともに原発ヤクザとして2匹で踊り始める。
天空を悠々と滑空し、蟹集団の「生」と「死」の双方を称えて舞い踊る。
 
 

 


 


 

今回の朗読舞踏、
概要を書き連ね、ふと、私たちを背後で支配するものを思った。
蟹たちを支配する「月」、
それに呼応して動く何かが蟹たちの体内に埋め混まれているはず……
私たちもなにか、埋め込まれているのではないか?
 
2015-11詩の虚言朗読会_赤_004
 

口先では、戦争反対を叫ぶが、
かって日清戦争日露戦争と勝ち進み、狂喜乱舞した私たち日本人たち。
勝利の快感を求めて動いていたりはしないか?
フロイト論文の中では短く目立たないが「快感原則」を思った。

これは元々、ロシア出身の美貌の女性心理学者、
ザピーネ、シュピールラインの書き起こした「死への欲動」。
ここからの盗作とフロイトは非難されたりもするが、
ザピーネの原稿は、本家本元だけに微に入り細に入り詳しく展開している。
たとえばワーグナーの歌劇。
馬上のヒロインが、燃え盛る火の海へと、突進していく、
このくだりを挙げながらダイナミックに解説していく。
 
2015-11詩の虚言朗読会_赤_005
 

私たちは日夜営々として繁栄を目指す、
あるいは勝利を目指す……だが実はそれは「死」への欲動。
「死」を目指して生きているのではないか?

舞台では、ウジウジョ、ロロジョロと朗読者はいうのだけれど
音楽のほうは、どくどくどくどくと英国ロック特有の
不気味なまでの強力な重低音を休ます鼓動させて進んでいく。
どうあっても決してやすまないのだ。
無限に私たちを突き動かしていく無限衝動をあらわしている。
 
2015-11詩の虚言朗読会_赤_006
 

まさに命がけで繁栄を目指す安倍政権。
当初安倍氏は「美しい国」と言っていたがこれはなにか?
特攻隊もまた「美しい日本」のために突き進んだのではないか?
美の極点としての散華、ゼロを目指して、知らず知らず「死」を目指して居たりはしないのだろうか?

この大戦犠牲は、日本人犠牲者300万人、ユダヤ人犠牲者600万人だけではない。
他に総計1400万人が国土を失いさまよった果てに、力尽きて、命を落としている。

死を希求しない論理、美しくもない醜悪をも包容する
確固たる論理も必要ではないだろうか。
つまり美しさなどいらない、生きのびる論理が欲しい。

Written by イガイガボン

at

Posted in 雑記

Tagged with , , , ,

20周年クロコダイル朗読会『今日、短針だけの時計を買った』告知

without comments

クロコダイル朗読会も20周年!
『今日、短針だけの時計を買った』のお知らせです!

2014-09クロコダイル朗読会

日時:9月28日(日)

開場:pm 12:30
開演:pm 13:00(終了:pm 15:40)

場所:クロコダイル TEL:03-3499-5205 地図

料金:2,000円(ワンドリンク付き、当日券のみ)

出演
詩:長谷川忍
詩:阿賀猥/舞踏:十亀脩之介
詩:そらしといろ
詩:渡辺めぐみ
詩:広瀬大志
詩:浜江順子
詩:鈴木東海子
トーク:野村善和夫北川朱実建畠哲
詩:北川朱実
詩:建畠哲
詩:野村善和夫

お問い合わせは下記、浜江まで!
浜江 TEL:042-582-0938

後援:思潮社

ご来場、心からお待ちしております!

Written by イガイガボン

at

根本明『海神のいます処』

without comments

根本明『海神のいます処』

ラリと海神に睨まれているようで、ぞくっと。

つい先頃まで
私、市川市行徳の野鳥観測所、界隈に居住。
鴨の大群を眺めておりました。

昨年鴨に再会をと参りましたら、
東京湾の方に鴨たちは行ってしまって
ここには戻らないと言われてガックリして帰って参りました。

イガイガ本の海神は、
いちいち地上に引っ張り上げたもの。
余計なこと、と海神本部は怒っていたかもしれない。

根本海神は全身に神の魅惑と謎とをまとって悠々とはい進む。
見事に美的な世界、見事。

以下、思潮社紹介文


 
海の彼方を幻視する

海神とは
長く欠落の、非在の謂い
喪失した風土のため像を結びがたいもの
そのま青な神域を臨めるだろうか
(「海神のいます処」)

東京湾東岸の風土に佇み、
歴史と記憶のヴィジョンを幾層にも重ねながら、
いつしかすべてが幻へと還っていく世界を描く。

本体2,500円+税
A5判上製・106頁
ISBN978-4-7837-3409-3
2014年5月刊

Written by イガイガボン

at

Posted in 雑記

Tagged with , ,

絞り出し・ものぐさ精神分析

without comments

絞り出し・ものぐさ精神分析

なんだかヘンテコな顔だ。
ちょっと見ると骸骨のようにも見えたりする。
それもかなりノーテンキな。

「愉快な骸骨さん」?
と暢気に読み進めると違った。
コラッ、ノーテンキにしてると、あっという間に皆して、死んじまうぞ……
精神分析専門家、岸田秀氏の頑丈なメスが、
ノーテンキのふやけ頭にしっかり食い込んで唸り始める。
 

私は原則として再軍備には反対ではない。
国を護るには軍備が必要であると思っている。

しかし、軍事大国であった大日本帝国が
なぜあのような拙劣な戦争をしたのか、
その戦争でなぜあのような悲惨な結果を
招いたのかの原因をよく考えてみる必要がある。

それは、大日本帝国陸海軍が自閉的共同体であったからである。
陸軍自体、海軍自体が自閉的共同体であったにとどまらず、
それぞれの多くの下部組織も自閉的共同体であった。

その結果、日本の軍隊は、国全体、国民全体のためではなく、
それぞれの共同体のために戦うということになってしまっていて、
そのため、命を惜しまず勇敢に真剣に戦った個々の兵士が
どれほどいたとしても、日本軍全体としては惨敗は必然であった。

~中略~

抽象的に再軍備は是か非かを論じるのは無意味であって、
具体的に自閉的共同体でない軍隊をつくれるのかどうか、
つくった軍隊が自閉的共同体になるのを
防ぐことができるかどうかを問題にすべきである。
それができないうちは再軍備には反対である。

 
これは再軍備問題。
かつての呆れかえるような日本軍トップのお粗末と、
そのお粗末が招いたあまりにも大量の人々の無惨死,
これを紹介していく……

どれ一つとっても今と同じ。
また負ける?
皆そろってノーテンキ骸骨になる?

そして、このお粗末が、この度の原子力惨禍に
ピタリと結びついていくと切りさばいていく。
 

成長戦略そのものは変らないのだから、
現代日本の原子力政策が、かつての日本の軍事政策と
構造的に相似しているのには何の不思議もない。

日本軍の各機関が自閉的共同体であったように、
原子力関係の各機関も自閉的共同体であって、いずれもその特徴
(たとえば、共同体の外部の人たちへの被害への無関心)
を露骨に示している。

原発安全神話は皇軍不敗神話と同じ性質の神話で、
ともに事故の発生または作戦の失敗を防ぐどころか、
逆に不可避的に招いている。

民衆を善導するつもりで真実を隠蔽して被害をいたずらに
大きくする点で東電の発表は大本営の発表と同じである。

原子力発電所が増殖してゆく過程は大日本帝国陸海軍の
部隊や艦艇が増殖してゆく過程と同じである。

作り始めると、多ければ多いほどいいような気がしてくるのである。

 
清志郎も福島県人Kさんもこれなら納得するだろう。
少しは気持ちも収まるのではないか?

青土社刊 ¥1,800

Written by イガイガボン

at

Posted in 雑記

Tagged with , ,