イガイガボン

出版の(株)iga

Archive for the ‘仏教’ tag

あまりにも、あまりにも(悪人正機の悪悪悪)7

without comments

◆ソ連マルキシズム

万民平等を実現させたのかもしれないが、
処刑者数は1000万人以上と推定されている。
誰もがたたえる正しい思想であったずが、正しければ殺してもいいのか?

ナチスの思想も同じ、良心が起点。
よき社会。清浄な社会を目指し、
清浄でない者たちの殲滅を目指した。
600万人のユダヤ人を殺害している。
おびただしい殺人と底知れぬ不幸、
法然は、600年700年先の私たちの不幸が見えていたのではないか?
 

◆あまりにもあまりにもの悪人

悪人正機は人間みな悪人、これが前提である。
ともあれ悪人、万事悪人が法然教説である。
悪人でなければはなしにならない。
あまりにもあまりにもの悪人づくし何が分からないといって、
これが合点いかない人も多いのではないか?

仏教流に殺傷厳禁といっても、
最近はほとんどの人が殺傷とは無縁に暮らせるようになった。
殺すとしても蚊程度か?
一億総善人化、めでたいことである。
だが法然、親鸞に言わせるとめでたいどころではないのだ。
私たちは皆、見るもおぞましいものになっているということだ。

自身を見抜く感性なしの鈍感人間。
見抜いたとしてもそ知らぬふりで善人を装う卑劣漢。
つまり嘘つき……こういうのがゾロリ一億。
ああ、こんなことではいずれ災厄が……と怖がった方がいいのかもしれない。

言うな喋るなと制止される中を
法然は、いや、たとえこれで死刑になったとしても
これだけは言っておきたい……こう言ったとある。
災厄を防止したいとのおもいからではなかったか。
何か遠い私たちの未来に起こる災厄の根のようなものをみていたのではないか?

まずは「人は悪人」。
これは元々は中国は6世紀の人。
仏僧善導が言い出したこと。
私は悪人なりと、徹頭徹尾の悪人なり、と
終始わめき立てたてていたのだ。

善導にかかるとあれをしてもこれをしても悪人となるわけで、
女などは見ただけでもいけないのである。
こんな馬鹿者は中国広しといえど誰も相手にしないわけで、
宗派を作ることもなくて生涯を終えたのであるが、
こんな男に一人寄っていった者がある。
それが本邦日本国の法然。
なぜか?なぜそんな変わり者にひかれたのか?

彼もまた悪人だったからだ。
生まれたときからの生粋の悪人だったからだ。
容貌は親鸞の逆。
福徳円満、終始ほほえんでおられたらしい。
だが内心はどうだったのか?

彼は今で言うと兵庫県の出身。
横領子の息子。
5歳の時に父親を面前で斬殺されている。
下手人は何のとがめも受けてはいない。
父親は、悪人として断罪、処分されやということか?
仏門にはいるが、父を殺めた者たちへの
怒りと恨みは、瞬時も消えるはずはない。

「善人なおもて往生……」。
まずなにはともあれ、この父親を成仏させなければならなかった。
苦しんでいる極悪心重の人をまずは一番に往生させたい、
法然の悲願でもあっただろう。

そしてこの「悪」、
父から子へと連なる悪、懐かしくも捨てがたい悪は、
20世紀末、おそらくは法然の思うようなかたちで、しっかりと浮上してくる。
 

◆DNA、二重螺旋の発見

ユダヤ人科学者ロザリンド・フランクリンは、
私たちの細胞の中の核の中に、2つのリボンが絡み合う美しい螺旋を撮影、
それを垣間見た英国ケンブリッジ大学のワトソンとクリックは、
論文発表、二重螺旋DNAの発見者として、1962年ノーベル賞を受賞する。

引き続いて1976年には、
同じ英国人オクスフォード大学リチャード・ドーキンスが、
この螺旋を解析して「利己的遺伝子」を刊行、
遺伝子の全てがひたすらどん欲に自身の増大を目指していること、
ただひたすらの悪であることを明示、世界的なベストセラーとなったのだ。

ひたすらの悪、あまりにもあまりにもの悪である。
私たちを構成する細胞は一人約60兆個と推測されている、
その1つ1つが持つ二重螺旋の中の遺伝子は約22000個といわれている。
その気の遠くなるまでの数でありなから、そこには悪の遺伝子だけ。
「善」はなかったのだ。

紀元前の5世紀、今から2500年前、真善美をいうソクラテス。
あたかも腹の中にどかんと善を漬け込んでいるかのように善をひたすらの善を繰り返す。
それにならってプラトン、またまたそれに習って延々と善を言う人々は続き、
マルクスにヒトラーに、フーコーにと、こうしてヨーロッパを作り上げてきた。
だが、善はなかったのだ。

Written by イガイガボン

at

Posted in 雑記

Tagged with , , , ,

あまりにも、あまりにも(悪人正機の悪悪悪)6

without comments

◆悪人とは何か?

殺傷は厳禁の仏教国としては、まずは人を殺す武士、
つぎに魚を穫る漁師、山で獣を狩る猟師、
ほか遊女などが悪人となるだろうし、
また魚を料理する主婦、料理人などもまた悪人となる……

結局、ほとんどの一般庶民は悪人。
みんなしていずれは地獄行きと観念していたのではないか?
ところがその悪人こそが極楽往生するというのだから、
法然教理、まさに国中を驚喜させたわけで、
それも念仏、「南無阿弥陀仏」この6文字唱えるだけでいい、
僧侶へのお布施も必要はない、というから
良いこと尽くし、あっという間に全国に広がった。

今、念仏というと坊様以外では、
世ほどに年取った爺さん婆さんが、
ブツブツモソモソ……のイメージしか湧かないのだが、
この当時は老いも若きもひたすら念仏。
法然弟子の安楽など大変な美形でもあったので、
熱狂的な若い女性達にかこまれての念仏。
目下のロックスター並の人気ぶり。

都大路で時ならぬ渋滞、皆驚いて何事か?と行ってみると
荷車引きの婆さんが法然様のお言葉を書き付けた紙切れをそこらに落としたとか。
大騒ぎでそこらじゅうを探しまくっていた……などなど。
まさに日本中が法然仏教に念仏に燃え上がったのだ。
 

◆善人たち

以上は当時の悪人たち、
法然から極楽を授かってはしゃぐ様をもかきそえたのだが、
ではその逆の善人は、だれか?
どこでどう暮らしているのか?

上記悪人たち、つまり
武士漁民猟師農民遊女以外が善人ということになるわけだが、
具体的には公家、高級官僚、僧侶……など。

彼らも無論、善人目指して修行、
極楽往生をおもっていたわけで、
たとえば公家なら広大場所領を寺に寄進したり、
また浩瀚な仏典をまなんだり……の様々の善行を積んでいたわけだが、
法然またその弟子親鸞はこの善人志願を悉く否定、非難するのである。

願海は二乗雑善中下の屍骸を宿さず。
いかにいはんや人天の虚仮邪偽の善業、
雑毒雑心の屍骸を宿さん。
(教行信証・行巻)

 

何でもを飲み込んで受け入れてくれる海でさえ、善人はうけいれない。
人が善行とおって行うの行為や、様々の思いも、嘘いつわりの仕業、
そういうものの、どうして受け入れることがあるだろうか?

善は見るもおぞましいそうい代物、海さえはじき出す汚さ。
いても立ってもいえられぬ程に我慢できない……
こういう思いが伝わって来そうな勢いである。
そして、親鸞にあっては、
そのおぞましい善人を具体的に名指してしまうのだ。

主上、臣下、法に背き、義に違ふ。忿をなし、怨みを結ぶ
(教行信証・化身土巻)

 

1207年の弾圧について、政府を糾弾するのだ。
天皇またその側近の臣下たち。
まことに明快である、当時に会って悪人正機とはなんであったのか?
悪人を善人より上位に置くということはどういうことであったのか?
悪人善人相互の身分を逆転しただけでなく、
貴賎の身分をも逆転してしまったのだ、

悪人を手本となし、善人まで摂す

 

上人伝は法然の言葉をこう記録している。
農民など庶民いわば下層階級である「悪人」が
王侯貴族など上層階級である「善人」を支配統率する……
と口語訳してみたがどうだろうか?

法然は一般庶民に向けてものを言う。
仏教世界での救済より摂政に意味で話した可能性が高い。
「摂」を摂政の意味として、口語訳をしてみたのだが、
こうなると正に、自由平等の民主主義である。
自由平等のフランス革命1794年より600年も前に
早々と平等とを民主主義を主張した者があったのだ。
法然とその弟子親鸞たち。
親鸞の浄土真宗にいたってはその実行を目指して戦ったのだ。

浄土真宗は又の名を一向宗。
一向一揆となって界隈一帯に広がり、
ついには織田信長に反抗、6万人の死者を出している。
信長に敗れ去ってはいるが、その昔、平等を目指し
主主義を夢見て勇気凛々戦ったものがあったことは、
誇ってもいいのではないか?

今はもう怖い信長はいないのだから、おそれることはない、
日本庶民といえば、ただもう権力者にはいつくばるだけ、
金を追うエコノミックアニマルはそのなれの果て、
今度は金に這いつくばるとの評判もこれで払拭できるのではないか?

イデオロギーもなし、神も思想もないとされる日本国だが、
ここにはイデオロギーを排撃を言う思想がある、
イデオロギーの根幹をなすはすの正義、良心等等を
断固切り捨てる思想がこの私たちの奥でうごいているのだ。

Written by イガイガボン

at

Posted in 雑記

Tagged with , , , , ,

あまりにも、あまりにも(悪人正機の悪悪悪)3

without comments

◆法然上人伝

大正時代、醍醐寺出発見されたため、醍醐本ともいわれる江戸時代の写本。
おそらくは時代時代には相当数が筆写されたのだろうが、
残存するのはこの1冊だけ。
嘆異抄の写本、26冊に比べると1冊とは余りにさびしい。

何しろ長大、嘆異抄の優に10倍以上はある。
簡単には書き写すことができない。
おまけに全体が漢語で書かれているので、読みにくい。

師の法然の選択集にしろ、嘆異抄にしろ、誰でもが読めるよう
和語で書かれているのにおかしなことである。
わざと読みにくくしたのではないか。
あまりに出回らぬようと意図してのことではないか?

この源智、たとえ集会を開いたとしても
数人以上となると、多すぎるとして、集会を取りやめたらしい。
ひたすら念仏の人であったというから、
大人しいだけの内気な人の印象だが、
それでは信徒48000人を掌握できるはずがない。

源智は教義について話したくなかったのではないか?
例えば「法然様のこれについてどうおっしゃってましたか?」と聞かれたとしても
「私は念仏だけ、そういうことは存じません、」と答えていたのではないか?
これでは判りたくとも手の打ちようがない。

しかし一切を話したとして誰が理解できるだろう。
教義をよくよく知悉するだけに、集会などで
ふと漏れるのを回避しようとしたかと思われる、
とにかく彼が書き取った法然教義、尋常なものではなかったからだ、
 


 
 
◆上人伝構成

法然上人伝は生涯の行状を記録すると共に、
3つの法語集の記録しているが、うちの最後に収録された
27箇条の法語の中に問題の「善人のなおもて……」が記録されている。

成立は1207年、法然75歳、土佐への配流直前主のと推測されている。
すでに安楽などの死罪も確定、
周辺は大混乱のこの前後を記録したものが残されているのだが、
法然が話に僧たちは驚いて、そんな事はおっしゃってはいけませんと
皆で法然を制したというのだ。

中に一人進み出て熱心に聞いて書き取った者がいるらしい。
おそらくこれが源智だろう。
おそらくは彼は、危険とも奇怪ともしなかったのだろう。
その言葉の真の意味を瞬時に理解、是非とも残すべき法然の至言とみたのだ。
弱冠25才、そうでなければ、先輩年配の高弟たちに反してまでのことをするはすがない。

さて、この27箇条、まず前半にある一文である。

この宗は、悪人を手本となし、善人まで摂す

 
ただ驚くほかはない。どう訳したらいいのか。
……浄土宗は悪人を人のあるべき手本なして、善人をも救済する
仏僧むけとしてはこう訳すべきか?

摂す、は仏教では救済するという意味。
政治の世界では、摂政として、支配し統率するという意味になる。
後者をとると、悪人が善人をも統率する……という意味にもなるのだろうか。

悪人は、自身の悪を見抜く視力を持った人、
または正直にに自分の悪をさらけ出す人、とかの解釈をつけ加えて、
何とか少々は理解するとしてもなんとも奇怪な説である。

そして最後が「善人なおもて……」を表題として一文。
法然の言葉はこの表題だけ。
表題の次が「私云」つまり「私に言う」。
こう断って源智が自身の見解を加えている。

……お阿弥陀様は踏み惑う悪人に的を絞って
まずは悪人を救おうなさってる説である。
だからもし善人が極楽に行くというなら、
阿弥陀様が救おうとなさってる悪人が行かないなずがない、
まずは悪人の極楽行きが先である……

Written by イガイガボン

at

Posted in 雑記

Tagged with ,

イガイガ本ニュ-ス【新刊2冊のお知らせ】

without comments

2017.4.1

■魚野真美・第一詩集『天牛蟲』(かみきりむし)

大阪の詩誌『Lyric Jungle』(編集:平居謙)で活躍中の若手詩人、魚野真美。
商都大坂を踏みしだいてダイナミックに開花している。
添付の挿し絵は詩篇「じん、じん、騒ぐ」から。
花が窓辺を飛び出し、ジンジン突き進んで行く……

首を吊った花
窓辺でかわいて
落ちる
・・・・中略・・・・
外へ
飛び出してゆき
飛び出してゆき
ゆきゆきて

じん、じん、
騒ぐ
     「じん、じん、騒ぐ」から

 
 
枯れた花までも元気、いいことではないか。

「大大阪純情飴雨アラレ」
「酩酊ユニバース」
「三角地帯に勇み立つ日まで」
等々
商都大阪の息吹が迫って圧巻。

 
 
 


 
 
■阿賀猥・エッセイ集『あまりにも、あまりにも』5月刊行予定

フーバー回顧録から

F・ルーズヴェルト

法然の高弟 源智

勢観房源智上人 知恩寺蔵




阿賀猥のエッセイ「詩学」連載のものから1編。
対談本『ドラゴン in the Sea』刊行後に開示された新資料で
日米開戦の裏事情を紹介する2編など。

たとえばフランクリン・ルーズヴェルト。
民主主義の旗手のようなもて方だが、実は彼は、
よほど以前から日米開戦を策謀してきた「殺人狂」とする
アメリカ31代大統領フーバー回顧録を紹介。
『ドラゴン in the Sea』上巻、真珠湾攻撃の裏事情を補強する。

ルーズベルトは稀なる美形。
人権論者の夫人のほかに数名の愛人がいた。
これは鎌倉仏教、法然にいう「内心と外相の不調」の典型的な例。
内心と外見は真逆のときが多い。
美男美女は危険ということか?

さほどの美男ではなかったが、
普遍的な正義を言い募ったヒトラーといい、
きれいごと、きれいなイデオロギーが席巻したのが20世紀。
世界中が正義やら良心やらに目覚めて走り出してしまった。
共産主義にしろナチスの思想にしろ良心にもとずいて、よき社会を目指したもの。
だがあまりにもの虐殺。
ソ連の虐殺被害者はナチス犠牲者の10倍以上にものぼる。
これをどう解釈すればいいのか?

このあたりもかの法然が有効だ。
一枚起請文「観念にあらず学問にあらず」と
正義、ないし善、良心など観念の一切を一刀両断に糾弾する法然思想。

戦後日本詩の情念の基幹でもある良心だが、
法然流にメスを入れざるをえないのではないか?
法然教理、普通に見れば、奇怪、不可思議にも見えるが、
今世紀おそらくは22世紀、23世紀へも直進、有効に稼動出来うる哲理かとも思われる。

あまりにもあまりにもの過激な教理に、口を閉じよと師を制する弟子たち、
「皆様、法然様のいうことは聞いてはいけません」と言い立てる者もいる。
「いや私は首を斬られてもいい、これだけは言っておきたい」と法然……
騒然とする中にただ一人進み出てしっかりと記録していく勢観房源智。

本稿では、若き法然高弟、源智にスポットをあて、源智の側から法然を探って行く。

新刊『ひとを千人』について

without comments

新刊「ひとを千人 ードラゴン6章ー」
 
内容は、イガイガボンシリーズ「ドラゴンin the Sea」下巻、6章から。
特に親鸞法然の悪人正機説にスポットをあて、
大幅改編し6章を補間増量、手に汗握るスリリングな内容になった。
 
悪人正機説といえば、親鸞、嘆異抄。
だが、ここには悪人が登場しない。
 
海で魚をとる漁師、山で獣を狩る猟師、
なるほど、殺傷がナリワイだが、その大昔から
彼らが、悪人とされたことはない。
 
千人万人殺す武将にしても同じ。
田畑を家々を領地を守る武将を乱世の人々は、
より一層、大事としたはず。
古今東西、彼らは、悪人とされたことは事がない。
嘆異抄だけが、そんな彼らを、悪人として恐怖するのか?
 
そんなはずはない。
ひょっとして嘆異抄は、あるいは親鸞は、
悪人正機説を解読できなかったのではないか?
 

なぜ、悪人が善人より、いいのか?
 
平安から鎌倉、乱れに乱れた戦乱に浮上した、奇怪な教理を、
はるか時を越え、現代英国デイヴィッド・ボウイ、
レッド・ツェッペリンの歌詞から解きほぐしていく。
 
兵士となって中東へ、またベトナムへと向かった少年たち。
戦乱をいきる彼らを支えるものとして、ツェッペリン「天国への階段」。
悪人は天国へ駆け上がる?
 
戦乱に意味を与えるのもとして、
あるいは糾弾するものとして、D・ボウイ「ダイヤモンド・ドック」か?
 

殺戮の乱世に生まれた鎌倉仏教は、
同じく凄惨な殺戮を生きるアメリカ兵士、英国兵士でなければ解きえないものかもしれない。
殺傷を生きるアメリカ少年たちの「悪」は、
悪人正機、はたして「善」へと浮上できるのか?
 
 


 
『ひとを千人 ―ドラゴン6章―』小型化し、価格¥770、ドラゴン上下巻より大幅値下げいたしました。
奇怪が上にも奇怪な教理、悪人正機説に分け入るには、絶好のチャンス。
ぜひ、ご一読ください!
 
『ひとを千人 ―ドラゴン6章―』詳細ページ

Written by イガイガボン

at

第19回クロコダイル朗読会・朗読舞踏

without comments

2013-stage_001

10月14日、渋谷クロコダイルにて
iga舞踏メンバーによる朗読舞踏、「小男スタン・ノーフォーク」を公演。
 
舞踏 十亀脩之介
   吉田ゆき子
   湖上聡史
   戸沢英土
   阿賀猥    
朗読 阿賀猥

スタン・ノーフォークは英国刑務所収監の重犯罪者中、名うての悪漢。
どこであろうと決してへこたれず、どこまでも暴れ回る勇姿を、
舞踏家・十亀脩之介が、長男、薫市君と共に熱演した。
 
朗読は阿賀猥、これに柴田雅人作曲の津軽三味線と、
前衛音楽作曲家の潮上聡史の奇怪メロデイが加わって、
後半は、作曲家、朗読者も囚人服で全員参加。
にぎやかな舞台となった。

私たちの奥の奥には何があるのか?
神様がいると密かに信じている人もいる。
なーんにもいない、カラッポ、「空」とするのが仏教だが、
これは英国が舞台、英国現代生物学と、リチャードソンの悪の遺伝子を採用した。
2013-stage_005

何千年、何万年を生き抜いてきた利己的遺伝子、
ひたすら我が身が大事、弱気きくじき、
我が身の栄達だけを守って何千年、何万年と生き抜いてきた
悪たれの極みの利己的遺伝子が、私たち全員の中にある。
スタン・ノーフォークだけでなく私たち皆の中にある・・・
 
親から子へ、幼子へと引き継がれていく不死身の遺伝子、
不死身の我ら、ということで、幼い薫市君も楽しそうに熱演した。
2013-stage_007

 
 
阿賀猥ブログに、今回の朗読舞踏ページを設置しました。
阿賀猥ブログ・朗読舞踏『小男スタン・ノーフォーク』
 


 

 


 
来年3月、朗読舞踏を公演予定です!
 
第二回・詩の虚言朗読会《恥》(予定)
 
日時 2014年3月8日(土)
場所 カフェ・ギャラリー・シャイン
(京浜東北線 与野駅 西口 徒歩一分)
 
出演者(予定)
  阿賀猥
  杉本真維子
  下川敬明
  伊集院昭子
  山岡遊
 
連絡先 彩の国夢探偵団・山岡
(携帯)080-5060-2529
(自宅)048-822-2529
 


Written by イガイガボン

at