川瀬裕人氏とリキテンスタインを見る

8月7日、軽井沢セゾン現代美術館は辻井喬氏の特集だが、
中にロイ・リキテンスタインの巨大絵画を展示。
赤ワインのある静物
絵画作家、川瀬裕人氏は、その中の一点に見入っている。
リキテンスタインお馴染みの点々、印刷を拡大したときに現れる小さな丸い粒々の一点。
赤ワインのある静物・拡大
「手書きですねえ。1つ1つ、丁寧に描かれてるんですねえ」
なんと大量の点々であることか。

草間彌生の円も同じ。
草間彌生カボチャ
同じ形、同じ大きさ。
 
あの羊達の様に、阿賀猥が語り、十亀が踊った朗読舞踏の子羊たちのように、同じ顔、同じ大きさの羊たち、

朗読舞踏「羊女神」
朗読舞踏「羊女神」

(同じでなければ、戦力にならない?)
(同じでなければ、統合もできず新個体を形成できない?)


同質の強固な塊としても個人たち。
同一の円。
例えばカボチャ。
小さな円、ないし小さな球体の一個の集積としてとらえる。
だからこの小さなものを一個ずつ愛情を込めて丁寧に描いていく。
小さなケナゲナものたち。
カボチャ1個、30万。
高い?
おそらくはいつか300万円、3000万円に跳ね上がるだろう……と思いながらやり過ごした。
どこかの展覧会で、昔見た見事に完璧に美しい草間彌生のカボチャ……

小さな粒々たちは群れ集い、大きな「虚」の魔物を形成する。
リキテンスタインのいかにもパッとしない男や女とか。
草間彌生のまさに神のように美しいカボチャとか。
ある時は魔物になり、またあるときは神になり、群れ集う私たち。
川瀬裕人夫人、支倉隆子の戯曲「洪水伝説」は、その群れ集い、
またあるときは離散する小さな粒々の私たちを描いていく。

白く透き通ったとても寂しい「虚のけもの」これが主役。
見事な脚本で、日本の「虚」を鮮やかに掴みとっていく。

第9回・詩劇『洪水伝説(稽古篇)』告知

第9回・詩劇「洪水伝説(稽古篇)」

第9回・詩劇『洪水伝説(稽古篇)』のお知らせです。

作・演出
支倉隆子

前座
だるまさんがころんだだるまさんがころんだ

出演
松原牧子
金井裕美子
生野毅
新井隆人
江村晴子
キャロル
蓑田知佐

ポエーマンス(ポエム・パフォーマンス)
国崎理嘉
房内はるみ
広瀬大志
渡邉那智子
関口将夫

かけひき/あ~ん 国崎&新井
かけひき/い~ん 知佐&生野
UCC(歌とギター)キャロル&ハル
THE PANTHERS(詩漫談)X、キャロル、新井隆人
THE POEMANS 生野毅、新井隆人

阿賀猥&舞踏家・十亀脩之介も出演します!

 
日時


2014年6月28日(土)

14:00 受付
14:30 詩劇『洪水伝説(稽古篇)』
15:30 ポエーマンス
17:00 閉会

入場料
1,500円

司会
金井/知佐

 
会場


cafe 音楽純喫茶 あすなろ 1F
http://cafe-asunaro.com

370-0827 群馬県高崎市鞘町73
☎027-384-2386
Eメール

群馬県 JR高崎駅 西口より徒歩15分(地図)
専用駐車場はありません。
最寄りの有料駐車場をご利用ください。

 
 
お問い合わせ(支倉)


☎03-3894-0391
事前予約可

ご来場、心からお待ちしております!

羊の国の恥の女神 ―朗読詩篇―

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羊、
古来、小羊は無害有用、弱き良きイキモノと思われてきた、だがそうだろうか?

今回の場合、子羊は凶暴な大羊へと変貌、
老いた母羊は、狡猾を極めて神様にまでなってしまう……
この厄介な子羊と奇怪な母羊を、白いフカフカの布をまとって舞踏家・十亀脩之介が踊った。
羊女神を踊る十亀脩之介

「羊の国の恥の女神」


2014 山岡遊/第二回・詩の虚言朗読会『恥』から
 

どこまでも続く野原の真ん中で、私は7匹の子羊を生みました。
風そよぐ日に、草の実が音を立てて笑う真昼に

獰猛な大羊となった私の子供たち
ただ食いまくる子羊たち
恥しらずにも7匹もいて

彼らは間もなく狼の一家を襲うでしょう、牛たちをも襲うでしょう。
狼は泣き,
牛たちは怯えるのでした。

ただ食いまくる子羊たち
獰猛な凶悪の大羊となった私の子供たち
恥知らずにも、7匹はそれぞれに7匹の子羊を生み

―――いいえ、かれらはオオカミは食べません。

牛も食べません
彼らは私を食べるのです。
子供は母親を食って育つもの、母親を踏みつけ、粉々にして、
けれど、子供たち、どうか助けておくれ
どうか、どうか、私を助けておくれ

あまりにも健やかな子羊たちと孫羊たち
大きく頑丈で、軍隊のように立ち並ぶ子羊たちの群
彼らは私を笑うのです。
獰猛な歯をむき出しにして笑い転げるのです。
ひたすらにいくじのない老いた母親を笑うのです
愚かなあまりにも愚かな私を笑うのです。

それでも広々と続く野原、
草の実が弾け、細い剣のような葉を突き立てて、葉がそよぐ日、そんなある日、そんなある日に
人間たちが来たのです。
恥知らずにも、その人は、羊たちと戦って、あっという間に羊たちを制し羊の国の大王となりました。
羊でもないのに、羊の国の王となったのです。

食い過ぎて、太り過ぎて、つまりは幸せが過ぎて、羊たちは、
いつか、弱く、脆く、ただの肉のようなものになっていたのでした。

大きな口ひげに羊の油をベットリつけて、王さまは、毎日毎日、羊の肉を食べ続けます。
大王様の家来たちも同じ、毎日毎日羊たちを食い続けます。
私の子供たち、私の孫たちを食い続けたのです。

私は?
私は王国の元祖、羊女神となって、王宮の庭の小さな神殿に住んでいます。
食われて死んだ沢山の子羊、孫羊、そのまた子供たち、
私の沢山の子孫たち、
神殿は、彼らの魂で大賑わいです。

私は少しの干し草があればそれで十分
老いて干からびた私は、もう羊ではなく、どんな生き物でさえなく、神のようなものになっていたのです。

大いなる恥を搭載した恥の塊として、恥でガンガンに硬直して、
私はこの王国の陰で、密かに君臨しております。
恥が恥知らずがすべての難局を切り開くのです。


かつて世界中を魅了したファシズムが、
ドイツファシズムのユダヤ人抹殺ですっかり人気急落、
今はもう影も形も……とも見えるのだけれど、そうだろうか?

かわって、それとは相反する民主主義が登場したというのだけれど、
そうそう人は簡単に変われるものではない。
それまでのファシズムと共通する部分があったからこそ、
私たちは民主主義を受け入れられたのではないか?
かつてと同じ病根を抱えたものとしての民主主義ではないか?

か弱く純朴な民衆、
子羊のごとき人々をアルジとして新たに浮上した民主主義、
けれど「弱く純朴な民衆」なんかどこにいるのだろうか。

「弱く純朴な民衆」なんぞになりたい人もいないはずだ。

子羊は、皆揃ってたちまちに凶暴獰猛な大羊へと変貌、
あらぬ方向へと走り始め……一風変わった子羊物語となった。

我が家の冷蔵庫の上に飾ってある子羊のお面、
かわいいようで、かわいくはない。
夜、空洞のはずの目が時としてギラリ光るときがあり、
どういうものか、子羊というのは油断できない生き物のような気がしてならない。

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詩の虚言朗読会『恥』

2014朗読会_「恥」

3月8日、山岡遊の第二回・詩の虚言朗読会『恥』に参加した。


会場は「カフェ・ギャラリー・シャイン」
埼玉県の、さいたま新都心駅の隣、与野駅で下車、
西口から左へ向かって徒歩30秒ほどの場所。

朗読は、杉本真維子、下川敬明、伊集院昭子、山岡遊、阿賀猥。

途中トークコーナーがあり、長谷川龍生も参加、にぎやかな夜になった。
まずは、山岡遊が311の原発被害から、東電を話題にした。
さんざんの害毒をまき散らし、大勢の人を悲惨の死に追いやった東京電力。
彼らの卑劣な言い逃れ、悪辣な隠蔽ごまかしは、世間をアッと驚かせた。
恥知らず……とはまさに彼らのための言葉。
「恥」を語るなら、まずは東電から、ということでの蓋開けか?


国をあげて死者を悼む。
全国、善男善女は一斉に声を上げて悼む。
文人詩人はここぞとばかり、身を振り絞って慟哭の書を書き連ねる。
なぜ、今頃?

危険は分かっていたはずだ。
特に原子力発電、亡骸を埋葬さえできない、恐ろしい悲劇、
そこまで泣くエネルギーがあるなら、なぜ事前にその危険を歌えなかったのか?
それ以前は知らんぷり、今頃になって泣きわめいても遅すぎる。
恥知らずといえば、これもまた、そうではないのか?


韓国に泣き屋、泣き女、という商売がある。
親族に代わって葬式で、ド派手に泣きまくって金をもらう。
家族親族は泣く力もない。明日をどう生きるか、お先真っ暗で黙り込む。
代わりに泣きまくる商売である。

嘆くのは簡単である。収益になる。
だがそんなことでは、死者は戻らない。
遅れに遅れた復興建設が早まる事もない。
被害者は住む家もなくて、泣く場所もない。

興遅延


住居は普通は1年以内で建つ、これが数年もかかるという。
なぜそこまで遅れるのか? 驚くべきことだ。
全くの防災無策のままに放擲していた東電内部のすざまじい頽廃、
隠蔽ひたすら隠蔽できた知る人ぞ知る東電内部の異様な腐敗と愚劣が、
東北復興メンバーの内部にも蔓延しているのではないか?


泣くのは簡単である。
だが摘発は簡単ではない。儲かりもしない。
それどころか、職をさえ失いかねない。うっかりすると命さえ落としてしまう。
だが恐るべき災厄を生んだ病根を探り出し、
その病根を叩きだす、これなくして復興はできないだろう。
災害に続いて、底なしの東電腐敗が東北を覆う。暢気に泣いてる暇はない。


泣き女といえば、遙か昔、ありし日のユダヤ国のユダヤ戦史を思い出す。
ひたすら嘆くばかり、誰も咎めない。不幸の源を摘発しない。

ひたすらの善、ひたすらの正義の民、ユダヤ……ユダヤと日本はよく似ている。
双方、20世紀、かたや600万、かたや300万の民をしっかり殲滅させられてしまった。
双方、正義と良心の国。常に正義と良心を唱道する。同声同音で、仲良く唱和する。
ある時は、ファシズムの旗の下で、ある時は民主主義の旗のもとで。

ひょっとして「正義」は、
又「良心」とは、
恐ろしいモノではないだろうか?

第二回・詩の虚言朗読会『恥』予告

第2回・詩の虚言朗読会『恥』第2回・詩の虚言朗読会「恥」

配布チラシ、イラストはTosaki Ayako
これは・・・ストリップですね!

単純な恥なのか、
それとも恥を演じる、確信犯としての恥なのか・・・

恥は羞恥心、節度や秩序を持っている事の裏返し。
はたして、「恥」に対する虚言朗読とはどのようなものか。

阿賀猥は、長詩「羊の国の恥の女神」を朗読。
舞踏家・十亀脩之介も共演。
潮上聡史の作曲音楽で、どのような女神様が登場するのか!
ご期待ください。


 
出演詩人は、
阿賀猥
杉本真維子
下川敬明
伊集院昭子
山岡遊

 
 
開催日時は
2014年3月8日(土)
午後6:00開場~6:30開演

会費:2000円(1ドリンク付き)
 
会場は、カフェ・ギャラリー・シャイン(Webサイト)
ライブ会場としても40年の歴史を持つ、老舗カフェです。
 
京浜東北線・与野駅(Googleマップ)
ロータリーのある西口から出ていただき、
駅沿いに左へ進むと、右手にレンガ造りの建物がございます。
「SHINE(シャイン)」の看板が目印です。
徒歩30秒ぐらいの距離です。
 
武蔵野線でお越しの際は「南浦和」から
京浜東北線(浦和・さいたま新都心・大宮方面)にお乗り換えください。

 
 
〒330-0071
さいたま市浦和区上木崎1-9-20
Tel 048-833-1045

ご来場、心からお待ちしております!
 
 
 
 


連絡先 彩の国夢探偵団・山岡
(携帯)080-5060-2529
(自宅)048-822-2529

第19回クロコダイル朗読会・朗読舞踏

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10月14日、渋谷クロコダイルにて
iga舞踏メンバーによる朗読舞踏、「小男スタン・ノーフォーク」を公演。
 
舞踏 十亀脩之介
   吉田ゆき子
   湖上聡史
   戸沢英土
   阿賀猥    
朗読 阿賀猥

スタン・ノーフォークは英国刑務所収監の重犯罪者中、名うての悪漢。
どこであろうと決してへこたれず、どこまでも暴れ回る勇姿を、
舞踏家・十亀脩之介が、長男、薫市君と共に熱演した。
 
朗読は阿賀猥、これに柴田雅人作曲の津軽三味線と、
前衛音楽作曲家の潮上聡史の奇怪メロデイが加わって、
後半は、作曲家、朗読者も囚人服で全員参加。
にぎやかな舞台となった。

私たちの奥の奥には何があるのか?
神様がいると密かに信じている人もいる。
なーんにもいない、カラッポ、「空」とするのが仏教だが、
これは英国が舞台、英国現代生物学と、リチャードソンの悪の遺伝子を採用した。
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何千年、何万年を生き抜いてきた利己的遺伝子、
ひたすら我が身が大事、弱気きくじき、
我が身の栄達だけを守って何千年、何万年と生き抜いてきた
悪たれの極みの利己的遺伝子が、私たち全員の中にある。
スタン・ノーフォークだけでなく私たち皆の中にある・・・
 
親から子へ、幼子へと引き継がれていく不死身の遺伝子、
不死身の我ら、ということで、幼い薫市君も楽しそうに熱演した。
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阿賀猥ブログに、今回の朗読舞踏ページを設置しました。
阿賀猥ブログ・朗読舞踏『小男スタン・ノーフォーク』
 


 

 


 
来年3月、朗読舞踏を公演予定です!
 
第二回・詩の虚言朗読会《恥》(予定)
 
日時 2014年3月8日(土)
場所 カフェ・ギャラリー・シャイン
(京浜東北線 与野駅 西口 徒歩一分)
 
出演者(予定)
  阿賀猥
  杉本真維子
  下川敬明
  伊集院昭子
  山岡遊
 
連絡先 彩の国夢探偵団・山岡
(携帯)080-5060-2529
(自宅)048-822-2529