金の生まれる字「村尾さんの不思議」

金の生まれる字
金の生まれる字詩誌JO5創刊メンバーの一人、村尾輝子による、初の詩集『金の生まれる字』。
 
今回は、詩人、吉田ゆき子さんにお寄せいただいた、あとがきを全文公開いたします。
 
『金の生まれる字』に掲載されている村尾詩篇を丁寧に解説、また、村尾さんとのエピソードも紹介してくださいました。
ぜひ、ご一読いただければ幸いです。
 
 
 
 
 
 
村尾さんの不思議


吉田ゆき子        
 

村尾暉子さんとは一九八八年
「JO5 2号 変声期」で御一緒させていただいた。
メンバーは女性5人。
〈JO(女)〉5人という意味の同人詩誌であった。
編集者は阿賀猥。メンバーは毎号入れ替え。
 
JO5誌の集まりで暉子さんは、
「人から司馬遼太郎そっくりと言われるの。」とおっしゃる。
「ゲゲゲの鬼太郎にでてくる砂かけババに
似ているっていわれたこともあるのよ。」とも。
あっほんとだと思った。
 
彼女の髪が白髪でフサフサしているところから
白髪のライオンとおっしゃるかたもいる。
 
暉子さんと友人が新宿中村屋で
カリーライスを食べようとドアを開けた。
あいにく満席であった。
「いらっしゃい。」
あちらの席でイケメンがひとりで座り手招きしてくださる。
あそこでいいわね。
 
イケメンは、ふたりが席に着いたとたん
ノートとペンをとりだし暉子さんと
彼女の友人がおしゃべりしている内容を
サラサラとメモっている。
 
「こちらを観察しながらずっとメモをとっていたのよ。」と暉子さんが話していた。
カリーライスを食べおわり3人で立ち上がった。
「意外に背が低いわね。」
 
イケメンだったという男。
その男は三島由紀夫であった。
 

※ 
中村屋のメニューでは、カレーライスではなく、カリーライス。
レトルト食品でも中村屋の場合は、「インド・カーリー」など、
カレーではなく、カリーで統一されている。

 
*****
 
 
 
「お蔵」


 
絵のある詩である。
イマジネーションの豊かな暉子さんは、刺繍も得意である。
刺繍を添えたカレンダーにして詩を壁に飾りたくなる。
刺繍グループ展になんども出品している。
大きなバック。
タピストリー。
眼鏡入れ。
お財布に‥‥と楽しい刺繍である。
 
 
「何となくクリスタル」


 
本性はいくらカッコつけてみても透けて見える。
 

「いえ いえ クリスタルでございます」
「あら やっぱりガラスなの」
 なあんだと思いました

 
体裁の裏にある真実を暉子さんは鋭く突く。
 

「いいえ クリスタルでございますよ」

 
あまりに美しきスローガンはますますあやしい。
そのあと暉子詩は人を愚弄せず終連にもってゆく。
作品に人柄はでるものと思う。
 
iga編集部から、どの作品を載せたらよいか、
逆に載せてほしくない作品を選ぶように詩コピーがどっさり送られてきた。
2~30人が選んだそうだが
「キン、ギン、リュウ‥‥」は、ベスト3に入る人気作品だったらしい。
ちょっと毒を含むユーモアのセンス。
暉子詩のおもしろさだ。
 
 
「人は誰でも年をとる」


 
さらりと人生の深みを突く。
人生の季節をユーモアたっぷりに詩に読み込んでゆく。
 

私は五〇女を見ると薄汚いなと思います
やがて自分がもっと醜いことに気づき
坂を転げ落ちる気がしました

 
実感ありで言葉が迫ってくる。
 
 
「倫理社会は夢の色」


 
荒川洋治詩集タイトル借用。
 

よれよれの下着の方ばかりを褒めて
清潔な下着を着ると
まるでコドモだとけなすのだろう

 
人情のフシギに触れている。
暉子さんは荒川洋治の詩の教室に通っていた。
 

〈どうしても忘れられない。
 とにかく変わってる、不思議な詩だ〉

 
暉子詩に対する荒川洋治の詩評。
 
 
「息子」


 
リフレインが利いている。
読んでいてホロッとくる。
 

〈上の動物園 中のぼくんち 下の動物園〉
〈階段をのぼって行きましたし〉
〈入口を降りて行きましたし〉

 
上り下りは、人生の起伏を意味する。
 

〈上野は上りを〉
〈井之頭は下りに〉

 
日常から深淵をみつめる暉子さんの視点。
 

〈家を出て行ってしまいましたのに〉

 
変わってしまった時代感覚をなにげない言葉で暉子詩は語る。
勝ち犬負け犬というコトバが流行した時、なぜ普通犬がいないのだろうと思った。
 

〈上りはウエ〉
〈下りはシタ〉
〈中のぼくんちね〉

 
多くの日本人がそう思えた1億総中流時代の空気が心に響く。
今は格差が広がり人の足元に影を落とす。
 
 
*****
 
 
海岸で、JO5誌の集まりがあった。
彼女は満面の笑みを浮かべ海に浮かび、ある時は砂風呂を楽しんだ。
 
地元横浜・元町を花柄ストッキングを履きネックレスをつけてまっ赤な服で決める。
白髪ライオンヘアにピタッと合っていてオッシャレーである。
 
江戸東京博物館(会議室)で同人誌の朗読大会があった。
村尾、吉田、阿賀がひとりずつ谷敏行作曲の電子音楽と十亀脩之介のダンスで出演した。
変わったダシモノだった。
 

ある時八八才の婦人に会いました
 
その人が言いました
あなた 五七才なんて子供よ 羨ましいわ
(「人は誰でも年をとる」より)

 
暉子さんは88才になろうとしている。
笑顔は今もパワーがある。
 
 
 
 


吉田ゆき子


詩人
『スノー・チャイルド』紫陽社
『鼓膜の内外』思潮社

 
 
金の生まれる字・詳細ページ


法然旅(2)

自分の書いたものは、まず見ない。
当初は特にそう。
ページをめくりもしない。
めくりたくない、というより、めくることができないのだ。
 
対談者の中本道代さんもそうらしいが、
私の場合は、そこに魔のようなものを
閉じこめて来たような気がするのだ。
私の魔、ボウイの魔、エミリ・ブロンテの魔、そうして法然の魔……
犯罪者と同じ、やっと始末した。
早くずらかろう……後をも見ずに一目さんと今回も逃げるはずであった。
 
ところが今回はなぜかそれができない。
いちいち捕捉まで作り、その捕捉が又気に食わず、
いちいち捕捉に付箋をつけて、
梅原猛氏まで、問い合わせた。
果たしてこれでいいか、どうか等々。

程なく梅原氏から返事、と思って開けたら、
新刊「「葬られた王朝」。
次のページをめくったら梅原氏がセーター姿で例のニコニコ顔。
これでいい、これで進めということだな、と解釈して捕捉は終了することにした。
 
ちなみに、「葬られた王朝」は古代日本が舞台。
これまで、聖徳太子、柿本人麻呂について、通説を覆す論理を展開してきた梅原氏。
これに対して「誹謗、中傷、冷笑、黙殺が続いた」が、今ではこっちの方が通説になってきていると書かれている。
今回は、3度目の挑戦、古代歴史に挑んだもの。
アマテラスやスサノオの世界が、新たに古代からよみがえり、出雲を舞台にダイナミックに動き出している。
 
法然の場合も通説とおりとはいかない。
時は鎌倉時代。まず仏僧が今とは違う。
僧は僧でも僧兵が跋扈、高名な祖師たちも殆どが武家出身。
教理自体は穏便平和ながら、白刃、ぎらつかせて、カーッ、キーッと、切り結んでいるのが実状。
『ドラゴン6章』では、それぞれの教理も相互に激しく切り結ぶものとして解釈、今までとはやや異質の法然像になっている。

そもそものきっかけは、
明け方の4時の幻覚。
訪ねて来られたのはどなただったのか。
この方の意向で、法然部分を新たに追加したように思う。
だが、2月から3月、京都、岡山など法然ゆかりの寺を回ってみたが、どこにも似た方は見つけることができなかった。
結局、氷解したのは帰宅後。
法然の高弟、源智、うっかり見落としていたこの方の画像を梅原氏著作の中に発見。
見覚えがあった。
この方ならよく知っている、なぜかふと納得した。
 
800年の歳月を乗り越え、
はるか荒唐の地、千葉県までこられるとは!
いかにも奇怪な話ながら、源智という方は、そういう方ではなかろうか?
がっちりと、完璧に師、法然を守り、記録にとどめたい……この一念で、今も現世を歩いておられるような、気がする。
 
そろそろ4月、
今はもう明け方4時にたたき起こされることもなく、まぶしい朝日の中で目を覚ましてる。
源智様は、これら捕捉の追加で納得されたと思いたい。
捕捉を入れ込んだ下巻も今後に試みるべきかと思われる。
 
トットッと、ずらかるつもりが、
とんだ長居、どうかと思いつつ……
「法然旅」は、ひとまず、ここで終了としたい。
(阿賀)
Friday, March 29, 2013
 
 
 
 
ドラゴン in the Sea 上・詳細ページ


ドラゴン in the Sea 下・詳細ページ

20世紀と殺人鬼(2)

sade

おそらくはサド、彼こそが、ヨーロッパ・ドラゴンが密かに隠しとおしてきた裏側、もしくは波間に沈めた尾っぽではなかったか?
サド発見をもって初めてヨーロッパ・ドラゴンは全容を現したのだ。
サド公爵の下に隠れ潜んでいた「嘘、悪、醜」の概念は、プリンス・モニーを得て、生き生きと胎動を開始、より巨大かつ強力なドラゴンとなって空へと浮上、空を泳ぎ始めたのだ。

あえて極論してみたい、むしろ真善美により近いものとして嘘悪醜の類を、置くべきもの、置かざるを得ないものではなかったか?
ホロコーストを思う時、防止策として、ふとそれを思う。

ドラゴン2章では、この連綿たる西欧哲学の具体化したものとしてナチス帝国をとらえ、その盟主ヒトラーが力説し、人々を魅了した「正義」という事象自体にも疑惑の目を向けている。正義とは何か?
ソクラテス以来、無傷のままに2500年を生き延びた真善美とは何なのか?

机上ではなく、実際の日常で、それらを他と分別して取り出せるのか?
真善美をそうでないものから取り出せるのかどうか。
愛の裏に死がはりついているように、善の裏には「悪」がはりついて、美の裏には「醜」がはりついて、そういう形で、同一のものとしてあるのではないだろうか?

私たちが、毎日の日常のなかで、「正義」を目ざすとどうするか?
すぐさま、それとは相反する殺害や抹殺の欲動が動き出すはずだ……いやまずは、それら「悪」が先にあるのかもしれない、
「悪」の発生と同時に私たちは、それらに善の衣装をつけ始め、こうして善への欲動が始動する……という流れではないか?
表裏一体のものとしての正義と殺害、また善と殺人があるのではないか?

ホロコーストとなると、ヒトラーという人物の特異性を言う場合が多いが、それにしては余りに多くの人が殺害に手を染めている。
正義への志向は、そのままユダヤ人殺害となって稼働したとみたほうがいい。

私たちの表面の意志とその裏にある実体。私たちはその実体を知ることができないままに、けれど結局はこの実体に引きずられて動いていく。
ドラゴンでは、発言者の自説はさておき、カタログ形式で自説に代わる各種の書物を引用紹介していくが、そのスタイルでいうなら、法然にいう「内心と外相」か?
『ドラゴン6章』に法然の選択集から引用している。

表向きの外面(外相)が善人なら、それは悪心を内部に隠したため、だから内側の心(内心)は、悪をいっぱい溜め込んでいる、との説。つまり善人なら腹の中は悪人。反対に悪人ならば裏側では善人となり、悪人は正機と論理が進む。

つまりこのあたり、悪人正機説の基盤となるかと思われるが、ここで問題。
悪人正機説は親鸞、それも親鸞の根本思想とされているもの。それを『ドラゴンintheSEA』では法然としている事への質問が多くあった。

「ドラゴン6章」、「親鸞は法然をひたすら崇拝して、法然の教えをまっすぐ追った人で、悪人正機説なども親鸞の説のようで、実は法然が言い出したこと。彼独自のものではないのです」、この部分だ。

悪人正機説と言えば、親鸞の弟子、唯円による「歎異抄」、「善人なほもて往生をとぐ、いはんや悪人をや」。
親鸞の言葉として記録され、親鸞思想の根本思想とされているもの。
だがこの同じ文言が、もっと早い時期に法然の言葉として「法然上人伝」に記録されているわけで、ここが発端。
こちらの作者は法然の高弟の中でも、法然最愛の弟子とされる源智。
梅原猛『法然の哀しみ』(小学館文庫)は、源智の書を見て、そのまま親鸞側が記録した、と推測している。その逆、弟子の言葉を先生が習う、ということはないので、この通りだろう。

歎異抄ではその解説、「たとへばひとを千人殺してんや……」のあたり。
こういう過激部分は親鸞ならではのもの。歎異抄によって、法然の悪人正機説が、命を得て現代に華々しく浮上したかと思われる。

千葉県佐貫町、神野寺には親鸞自身が滞在中に彫り上げたという親鸞像が残されているが、これはもうどこから見ても山賊の親分。目の玉ギョロリの親鸞で、いかにもいかにもこの面構えならではの発言と思えるのだが、そもそもの発端となる思念となるとどうだろうか、親鸞側の文書では、見つけることができなかった。

法然は逆。
先の選択集だけでなく、法語集にも悪人正機へとつながる言説は多い。

とはいえ、とんでもない教説である。悪人が正しい、悪人の方が正しいとなると、殺人鬼だの泥棒だのの方が正しい、となってしまう。
普通ではこういうセリフは、出てこないだろう。
両親をいわば悪人として惨殺された法然以外ではまず、発語されない言葉ではないだろうか。

なんとしても法然には悪人を成仏させる必要があった、悪人を「正機」とせねばならなかった……・法然とするならこれらすべてが無理なくおさまるのだ。
 
 
ドラゴン in the Sea 上・詳細ページ


ドラゴン in the Sea 下・詳細ページ

ドラゴン in the Sea 上「はじめに」

ドラゴン in the Sea 上 阿賀猥×中本道代×戸沢英土
ドラゴン in the Sea 上 阿賀猥×中本道代×戸沢英土JO5の流れを受け継ぎ、満を持して登場した『ドラゴン in the Sea 上』。
今回は、まえがきを全文公開いたします。
 
なぜタイトルが「ドラゴン」なのか。龍にも色々あるのに、なぜ「in the Sea」、海の中なのか。
ちょっと長めですが、ご一読頂ければ幸いです。
 
 
 
 
 
 
 
 
はじめに


阿賀猥
 

その昔は神様といえば蛇ないし龍。
世界各地で祭られていたようだ。
稲作農耕の日本では、水の神様として龍神信仰が今も各地に点在、なにかとドラゴンはなじみ深いが、蛇ないし龍が王家の妻として登場しているのに注目した。
 
妻は妻でも刺身のツマのようではなく妙に大きい。
たとえば神武天皇の祖父山幸の妻、豊玉姫。
彼女の産屋が宮崎県の鵜戸神宮に残っているが、八尋(約十五メートル)もの巨大蛇であった。
海神ワタツミノミコトの娘で、出産後は子を置いて独り、海に帰っている。
その置き去りにされた子供、つまり神武の父、ウガヤフキアヘズもまた豊玉姫と同じく海神ワタツミノミコトの娘、玉依姫と結婚している。
おそらくは彼女もまた巨大蛇であったろう。
 
環太平洋ではカンボジア。
アンコールワットも王宮であると同時に巨大蛇ナーガの館。
巨大蛇を妻として毎夜その妻に仕えるという責務が王にあった。
恵みの雨を降らせるありがたい優しい龍ではない。
海を動かし陸を壊す強暴巨大なドラゴンの存在があり、この対策が国家的規模で最重要の課題としてあったのだろう。
海に従う、海を祭る、という形で王家との婚姻がなされたように推測される。
 
特に山幸は、龍宮からの帰還に際して玉手箱ならぬ潮満瓊(シオミツタマ)と潮涸瓊(シオヒノタマ)の二つを海神から貰い受けている。後者は海の水を引かせる働きをし、前者は海の水を溢れさせる働きをする。
まさに津波対策である。
先史時代、環太平洋地帯は今と同じく大津波のすさまじい惨禍を受けたことがあり、その記憶がこれらの土台にあるかと思われる。
 

本稿開始は七年前の二〇〇四年、思潮社小田久郎氏からの電話が発端。
私は当時の新聞記事、
 

「AV女優の志願者が急増している。
 それも旅行会社勤務の女性が多い。
 彼女たちは旅に出ようとしているのではないか?」

 
について、喋った記憶がある。
彼女たちは不特定多数に下半身を開くことで、普遍への道を探ろうとしているのではないか?
そういう目線から世界を見直すことができるのではないか?
そこから新しい広やかな世界へと抜けることが、できるかもしれない。
 
低いから見えないということはない。
低きに低き視点、それゆえにこそ開ける世界があるはずだ。
天をかけるドラゴンではない。
地の底をくねり、世間の塵芥の下、汚泥の中を転びながら、這いながらも、なおも生き続ける私たちの中のもう一つの私「ドラゴン」について、小田久郎氏に奇妙な私信を書き綴ったことがある。
 

前半は1章から3章、ヨーロッパの底の部分から、世界を見渡していく。
国富論がその基盤に抱え持つ長篇詩「ブンブン不平を鳴らす蜂の巣…」、エミリ・ブロンテが「嵐が丘」に隠蔽した奇怪な愛、そしてヒトラー。
雨樋の裏、教会の椅子の裏に彫り込まれた小さな豚の絵から、ホロコーストを追う。
 
後半は4章から7章。
法然、親鸞の思想を現代ロック、デビッド・ボウイ、マリリン・マンソンの歌詞との近似に注目、日本仏教の過激な起源を探る。
その起源、大乗仏教の元祖龍樹の見事な詩行「中論」、そしてそこを貫流するレンマの論理。
西洋ロゴスの論理を軽やかに切り崩していくレンマ、レンマは殺人鬼机竜之助をまた怪物エミリ・ブロンテを許容できるのか。
かくて最後に龍の論理。論理のすべてを許容するかに見えてあるときは一切を破砕する龍の論理。
言語を持たないもの、明確な姿をさえ持たないものたちの無念とその意思を抱え持つ龍の論理、つまりは大自然の意思、これらを感知できるのかどうか?
 

私たち対談者三名はかつての山幸のように、まずは海へと潜ることで作業を開始した。
廃棄された資料、無視された過去の事実を拾い起こし、探ることでドラゴンの意思を読み解こうとした。
キリストの愛、釈迦の明晰が覆う固い強固な地層を壊し、その下にあるものを見ようとした。
 
対談者はそれぞれ資料を持参。
相互に読み合わせながら作成、話題が多岐にわたったため、多くの専門分野の方々に点検を依頼した。
 
長野県の山中、昆虫を追う筑波大学研究員福井眞生子氏、同じく筑波大学物理学研究者、また現代企業最先端を生きる方々、仏教研究者の方々など、二十名以上の方々から大量の資料もいただき納得のいく補正をすることができた。
 
特に上巻は3章経済学を小林健吾氏に、
1,2章を梅原猛氏に点検を依頼、梅原氏には病気静養中にかかわらず、次々に未完成原稿を読破いただき
 

「過激だがものすごい面白さ、あなたはニーチェを思わせる」

 
など、嬉しいエールをいただいた。
ここに御礼を申し上げたい。
 
 
ドラゴン in the Sea 上・詳細ページ


ドラゴン in the Sea 下・詳細ページ

誕生寺

お地蔵様
明け方4時、毎日4時、戸を叩く音で目を覚ました。
朝まで所在ないので、法然を調べ始めたのが発端。
ドラゴンは3人での対談本。
3人で宗教を喋り出したら収集がつかなくなる。
宗教は親鸞だけ、他は喋らないで行こう……こう3人で取り決めていた。
3人三様、資料は大量に集めたが、見ないままでおこう、と思っていた。
 
明け方4時、目の前にあったのが法然の資料。
ろくに読みもしないままに放り出していた法然、選択集。
所在なくてこれらを読み始めた。
 
常時1時就寝、4時起床。
1か月、小さなコツコツは続いた。
目を凝らして戸口にひっそりと立つその人を盗みみたことがある。
誰なのだろう。見たこともない人であった。

岡山県美作(みまさか)の誕生寺についたときは、みぞれ混じりの雨。
寺で小さなお地蔵様を買った。

お地蔵様
かなりピンぼけ。
お地蔵様が恥ずかしがって写りをボカしてしまったか。

ここは法然の父、漆間時国の屋敷があったところ。
法然はここでうまれた。
法然15歳、都へ出立する我が子に時国は「自分はまもなく殺されるだろう。
菩提をとむらってくれ」と言ったそうである。
言葉通り、まもなく、ここで両親は夜討ちにあい、命を落としている。
 
危険と判っていながらなぜ逃げようとしなかったのか。
殺されても当然として死を甘受したのか。
時国は押領使。所領を守るために、あるいは広げるために、殺されても仕方にない非道のをやってきたのかもしれない。
我が命を守る資格はないと、観念していたのか、
 
ここでまた悪人正機説を思った。
悪人とは誰か?
人それぞれに思いがあるだろうが、法然の場合は、まずは自分自身だろう。
自分こそは悪、父時国の悪の血をひいた悪、この悪をはがす事はできない……
このあたりで、法然は、アメリカロック歌手、マリリン・マンソンへと重なっていく。

ドラゴン下巻では、法然をマンソンと並べたことに反発する方々が多かった。
だが二人は酷似している。
アメリカ兵士として、ベトナム全土に毒薬をまきちらし、多くの人を死に導いたマンソンの父親……
人殺しの悪の血が、僕の全身を巡る、これは取り外せない……こうマンソンは歌う。 
ケバケバしい衣装と奇怪なメークで、世界中で歌い歩くマンソンになどに、似てるなど言われたらさぞや迷惑なさるかもだが、他に自分は悪と騒ぐ人はまず、いない。
ここはやはり二人並べるしかないかと思う。
 
 
ドラゴン in the Sea 上・詳細ページ


ドラゴン in the Sea 下・詳細ページ

知恩院

京都の法然関連の寺、知恩院と粟生光明寺を訪ねた。
知恩院は法然の高弟源智が建立、法然の遺骨を納めた廟がある。
源智は法然の高弟。
悪人正機説「善人なほもて往生す……」を法然発言として、記録した人。
歎異抄より、早い時期に書かれているので、おそらくはそれを見て唯円が書き写したかと思われるが、とにもかくにも、広大な寺であるのに驚いた。

知恩院

写真は山門、この上に上り詰めたところに法然の墓があるが、この山門、やたらに巨大でいかめしい。
なぜここまでに、いかめしいものを作ったのか、このようにして、がっしりと法然をまもろうとしたのか。

大雨。
粟生(あお)にある光明寺。これは熊谷蓮生の建立。
蓮生は元鎌倉武士、熊谷直実。これも又でかい。
他に金戒光明寺ほか、法然の遺骨を収める寺は多い。
京を追われた法然なのにこの墓の多さは、なんとしたことだろう。
京都中のこれでもかこれでもか、と法然の墓が広がる。

気がかりなことがあって、京都を訪ねた。
どの法然像もその人には似ていない。
法然はどこか丸っこくてがっしりタイプ。その人は細面。
女性的な体躯。法然像に似たものはない。
それならば誰だったのか?
 
 
ドラゴン in the Sea 上・詳細ページ


ドラゴン in the Sea 下・詳細ページ