パスカル「人間は考える葦である」

本当だろうか?人間が考えるか?
ただただ「仲良きこと」が好きなだけではないか?
人はただただ、隣の人を真似て、揺れているだけではないか?
 
特に葦をみるとそう思う。
風に煽られて左に右に整然とうっとりと揺れているのを見るとそう思ってしまう。
 
風にくねる葦原、葦は1本では生えない。
河原を湿地を、何千、何万と群になって、群生する。
群生して同じように動く、全く同じ形で揺れる。
人もまた葦のように揺れているだけ、考えないのではないだろうか?
芦原をみるとそう思ってしまう。

パスカルは1本の葦という。
で、その中から1本、引き抜いてみる……
いやまず不可能だ。
引き抜けないのだ。
 
いかにも弱そうな植物のイメージだが、葦は逆。
根が深い。
背丈2mなら根もまた2mかそれ以上はある、
それも垂直に下に延びているので、ガンとして引き抜けない。
だから強い、だから風に揺れることができる。
 
だがこんなにたくさんなのだから、
中にはガンとしてゆれない1本があるかもしれない。
いちいち逆向きに揺れる葦もあるかもしれない。
 
他よりはちと幅広で、かなりのろまで、揺れることができなかったり、
あるいはただ勝手放題の我が儘で……
ひねくれくねって揺れていたり……?

芦原のどこかに揺れることが嫌いな奥村真が、
バクーニンが、また和服姿の世之介が、
ムカっとした顔を細長~~~い穂の先にチョコンとつけて、
揺れずにガンと立っているような気がして、ふっと芦原に見入ってしまった。

奥村真とバクーニンと世之介

「仲良きことは、あさましきこと」
「仲良きことは、さもしきこと」

これは普通にいえる言葉ではない。
普通のひとでは言えない。

ぬらり神

ちょっと変わったことを言ってみたかっただけではないか?
思いつきで言っただけではないか?

違う。
まずは飲み屋の給仕がこういうのだけれど、この給仕、前世の世之介の時から言い続けているのである。
世之介は江戸時代の有名人、井原西鶴「好色一代男」のヒーロー。
前世の代から江戸の頃から言うのだから、脈々と時を越え時代を越えていく「何か」
真理のような理念としているのだ。

井原西鶴

江戸時代町人と言うと、TVではなんだかやたらヘラヘラしているだけだが実際は違う、
当時の江戸大阪といえば、世界に冠たる大都市。

その繁栄を地盤に町人たちの学問が大流行、
空前の町人文化を作り上げていたわけで、数多くの私塾が林立、
伊藤仁齋などは、門弟3000人というのだから今時の大学なみ。
塾によっては儒学だけでなく物理学、数学など、地動説も、教えていたようだ。

世之介はその江戸時代の町人なのである。
並でないエリートなのだ。

そしてもう一人がタイトルの「麦人」。

これは、マルクスと並んで共産主義革命を担ったロシア貴族、ミハイル・バクーニンのこと。
バクーニンはタイトル以外は出てこないが、
まさにこの男が、「仲良くない」のである。
どうあっても仲良きことを拒否。
闘争一筋。

これでは革命もうまくいかないわけで、
革命前線からもついには放逐されてしまう。

つまり、バクーニン、損得抜きで、仲良きことを嫌っていた人物か?
あさましいこと、さもしいことが、イヤでいやでしょうがなかった。
なんとしても我慢できなかった……
そういう男だったのではないか?

同じように思わない人はどこにでもいる、
ガリレオもそうだし、アダムスミスだってそう。

ナチス、ヒトラー政権99%の大人気というが
そんなドイツだって、なびかないひとは1%は、いたのである。

次回新刊本は3冊。

次回新刊本は3冊。
内容はおおむね完成。表紙でもめている。

まずは詩集「ヤクザみたいに綺麗ね」の表紙。
ヤクザみたいに綺麗ね表紙案1

花は、ゴールデン・ピラミッドか?
いやひまわりの一種? 又はコスモスか?

撮影は軽井沢。
au携帯電話で撮影したが、写真データをPCに移せなかった。
付属ケーブルで移せるというので、買いにいったら在庫なし、取り寄せ。
auショップは多いが、決まって不親切。威張っている。

仕方なしにあちこち似た花をカメラで撮影した。
本のどこかに、この花の写真があればいいような気がしていたのだが、
余りに沢山送ったので、制作担当が表紙に使ってしまった。
実は、これはワイシャツの模様に使いたかった。

南太平洋、オーストラリア上空あたりだったか、
飛行機で同乗の男が、それはそれは見事なシャツを着ていた。
一人は白、総刺繍、繊細で実に見事な柄で、目が離せなかった。
もう一人は、花模様、黄花ではなかったが、美しかった。

男性は双方白髪。
顔つきが尋常ではなかった。
行儀が悪く、足を上に突き出していた。
マフィアの幹部か? とか思ってジロジロ眺めた。
それぞれに尋常ではない女性を同伴していた。
彼女たちがまた騒がしかった。

さて、
よく目をこらすと、花々の中に顔をつけた花が一輪ある。
もう1つの表紙案は、この花が主役。

第2案
ヤクザみたいに綺麗ね表紙案2

こちらの表紙は、以前に著者、阿賀が構想した案に少々手を加えたもの。

花はナデシコで、この花に顔を書き込んで切り絵にしたのは、絵画作家アヤラン。
原画は、ピンクの薄紙を背景に、白紙から切り抜いたこの奇妙な顔を貼り付けたもの。

制作時間5分とかからないが、自由が丘の「もみの木画廊」に出品。
定価3万とつけ、奥村真が購入した。ためつすがめつ眺めての購入。
奥村真とはこれが初対面だ。

本の構想は10数年前、
すぐ出版のつもりが、このタイトル「やくざ……」の文字、
また、内容が危険ということで、無期延期としていた。

今回もスタッフほか、関係者全員で点検したが、
タイトルについては、以下、吉田ゆき子氏の話にふと納得するものがあった。

「かなり酔っていたっしゃった時だったと思います。
何かのはずみに、吉原幸子先生が「私はヤクザだからね」とおっしゃったのを思い出しました。
それが何かとても印象的というか、忘れられません」

 
そういえば、彼女に似ている、よくよく似ている。
髪型もこういう短髪であったし。
そう思えば、奥村真にも似てはいないか?

奥村真といえば、福生の飲み屋でたまたま隣席に座ったヤクザに殺されてしまった。
いわばヤクザの被害者なのだが、かなり似ている。

どこか孤立している。なぜか集団に帰属出来ない。
それでも傲然としている……とか、一人で自信満々とかではなくて、
それで寂しくて、どこか神経まいってる……という風なところがある。

ただ、本編の主人公はやたら頑健な女性。
ニックネームがドラゴンZと言うのだから、
さびしそうなところは欠片も見えない……ちと変なタイトルと言えばそうだ。
だが彼女にも、どこかの隅っこに「ヤクザ」みたいなのが潜んでいるような気がするのだ。

話に出てきた奥村真には、
彼の生涯をたどって、詩編も解説入りで紹介したイガイガボン「ぬらり神」があるが、
最近「猩猩蠅」「繚乱の春はるかなりとも」の2冊が上梓された。
発行人は中井健人、みごとな編集である。
改めて奥村世界に浸っている。

奥村真出版記念会

IMG_2827[1]10月29日(土)日本出版クラブ会館にて、「ぬらり神」の出版記念会を開催しました。
 
 
 
 
 
 
 
生前の友人、詩人たちが一同に集まり、奥村氏とその詩行を偲びました。次々と披露されるエピソードからは、奥村氏の破天荒さと共に、友人たちに慕われていた様子がありありと伺われました。

 
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記念会のトリには、阿賀猥の朗読(もちろん奥村詩篇)と黒タイツ姿2人のダンス。

 
 
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朗読に絶妙にマッチした振り付けの奇抜さに、会場に静かな衝撃が……。

 
 

 
  
 
最後に、長年連れ添われた奥村氏のパートナーから
誠実な、心のこもった挨拶で出版記念会はしみじみと幕を閉じました。
 
 
ぬらり神・詳細ページ


 
 
 
 
  
 

第17回クロコダイル朗読会「破局の渦、詩の海賊たち」に出演

 
IMG_0034-editedre10月2日(日)渋谷クロコダイルの恒例の朗読会でイガメンバー4名による「ブラック・ドラゴン」と「ぬらり神」を公演しました。「ブラック・ドラゴン」は、古代の竜神衣装を参考に両方の耳の横に龍の絵をたてて、獅子舞のような黒いマントをつけた舞踏ダンサーが踊り、阿賀猥が地面に伏しながら詩をうなる。
 
 
 
 
 
IMG_0032-editedreつづく、「ぬらり神」は奥村真詩集からの朗読。現在、電子本の制作にあたっているイガメンバーで、(実は!)フラダンスの熟達者も颯爽と登場。暗黒舞踏とフラダンスのテイストが交わるというキマイラ的演出に会場は騒然となりました。
10月29日の奥村真詩集「ぬらり神」出版記念パーテイでも再演する予定なので乞うご期待!