『谷絵』表紙遍歴

絵の表紙は当初、ごく普通に谷作画のから作成した。

谷絵・旧表紙・山羊

一例として、この山羊を黒く彩色したものなど、
谷君らしく、かわいらしいものが多かった。
しかし、1年休憩したら、かわいらしさとは一変した表紙にすることになった。

表紙候補を2例。
1つは大壁画をそのまま掲載したもの。
もう1つは谷君の顔写真。壁画は縦2m、横3mくらい。

谷絵・旧表紙・壁画

これは、作者谷君が制作途中に入院。
詮方なく阿賀が続きを代作したもの。

ところが、この代作がどうもうまく行かない。
思い悩んで、作成中に2階の階段から転げ落ちるなど、ロクな事はなかった。

眼帯に「寿」とあるものだから、
阿賀にはお棺に男が入っているように見えた。
お棺に入って、周囲を菊花で敷き詰められて、
さあ出棺というときの姿だ。
で、そういうつもりで菊花を増やし制作した。

なぜ、うまく行かなかったのか。
原画の谷絵は、紙ではなく、一種ビニールシート風な
ツルツルしたものに描き付けられていたからだ。

たっぷりの墨をつけて、
乱暴に一気呵成に、殴り描き……といった風な描きかたで、
このマネができない。

墨はだらだら垂らしながらの絵で、その垂れた所がまた良かった。
ところが、この壁画は和紙、スイッと墨を吸い取ってしまう。
原画のすざまじいまでの迫力が出せずトコトン疲れてしまった。

でも誰もがこれがいいという。
コピーに行ったセブンイレブンの美人店員さんも、

「これなんですか? 本の表紙ですか?
なにか惹かれます。できたら是非買いたい!」

 
彼女は横尾忠則のファンとか。
はるばる神戸の横尾美術館まで観に行ってるらしい、
で、こっちの作者はこれです……と
谷君顔写真入りの表紙例も見せてサービスしておいた。

谷絵・旧表紙・写真

実は顔写真など、画集の表紙に置くつもりはなかったのだけれど、
この写真、あまりに物議を醸したので、なにか、ここに謎というか、
ブラックホールというか、
そういう変なものが潜んでいるような気がして、捨て置けなくなったのだ。

「これ、誰ですか?」

 
まず、初めの感想はこれ。
中学以来の同級生柳田君まで、解らない。
誰もこれを谷君とは気付かなかったのだ。
いつもの谷君はこんな感じ。

谷写真・肩車

レッキとした3枚目。
ブチャムクレというか、全面壊れかかった写真も多い。
お人好し。真底の善人タイプ。
阿賀はこういうタイプは苦手。
まずは逃げるのだけれど職場や学校での写真の大半はこれだ。

どうしてこんなにかけ離れてしまうのか。

皆この表紙候補は、本当の谷君ではない、偽物というのだけれど、
ところが我が家のカメラには、先の表紙候補の写真のようなのが結構多い。
誰が撮ったのか?

先の表紙候補は、戸沢たま(戸沢英土)が撮影した。
以下は吉田ゆき子さんの撮影か?
数枚を連写、うち1枚は、苦み走って凄みがある。

谷写真・タバコ

菊男はこういう男でなきゃ描けない。
普通ではどうしても描けない。まるっかし描けなかったのだ。

偽物偽物と皆騒ぐが、
タバコで一服というときに、気取ったり、構えたりするだろうか?
こっちが本物ではなかったのか?

この本性を隠して、必死でいい子チャンを演じていたのではないか?
オモロイ、愉快な谷君を演じて疲れ果てていたのではないか?

泣き女諸君!

発被害は想定外と、東電は言う。
地震被害も同じ。
そうだろうか?


インドネシアなど、太平洋沿岸各地で大地震発生、
明日は我が身と日本中が地震に怯えていた。
東北原発地域の人たちだけが、危険を想定することなく、
怯えることもなく、ただ安穏に地震を待っていたのか?
地震が起きたら東電が守ってくれると思っていたのか?


最近は不思議と見なくなったが、かつて新聞広告といえば東京電力。
1ページ全面を使った巨大広告が各紙をおおっていた。
全ての記事と広告を吹き飛ばす勢いの広告、内容は安全宣言。
下に緑の樹木を配して、電気は安全、環境保護に役立っている……
正に嘘広告であるが、東北の人たちはこの広告を信じたのか?


繰り返し繰り返し、同じ広告が掲載されていた。
新聞広告は高額、すざまじいまでの資金が投入されたはず。

思えば不思議である。
当時は電気は安全と誰もが決め込んでいた。
それをなぜ、大金を使ってまで安全宣言をする必要があったのか?
まったく別の目的で資金は投入されたのではなかったか?


えば、また一つ不思議である。
かつてアメリカ原潜が、ちょっと立ち寄っただけで放射能汚染だと大騒ぎしていた新聞各社が、
その数百倍、いやそれ以上の汚染を吐き出しかねない原子力発電所になに一つ疑惑を差し挟まなかった。
なぜなのか?
かくも大量に東北に建設されながら、その危険性に沈黙し続けた。


新聞マスコミ、特に新聞社の入社試験は難関である。
鋭敏な嗅覚で、事の内実まで見極めて取材する記者を抱え持つはずだ。
なぜ彼らは、一斉に沈黙したのか?
なぜ事実を報道しなかったのか?


取材を積み重ねたからといって記事になるとは限らない。
新聞紙面をデカデカと三段抜き、4段抜きで占拠する大型企画でさえ
一瞬にして葬られる時もある。
営業部門、広告部門の圧力をどう耐え、どう跳ね返すか?
東北惨事の裏には、大量の記事を黙殺された果敢な記者たちの
無念の思いが累々と屍となって、積み重なっているはずだ。

事実さえ報道されれば、東北人は動き出していたのではないか?
太平洋沿岸に頻発する地震に対応しての原発対策、
これが、なんらかの形で開始されたりはしなかったか?


ひたすら事実を隠蔽、大事なのは広告収入……
こういう新聞を誰が信じるだろうか?
より新しい報道機関、全く別の報道方法……これを開拓する必要があるだろう。
もうそろそろ、とって変わるものが出現してもいいのではないか?


民主主義って、いったい何なんですか?
 言葉自体からおかしい。「民」がアルジってことでしょう?
 個人はどうなるんですか?
 一人一人はどうなってもいいちゅうんですか?」

 (イガイガボン『ひとを千人』戸沢英土の発言)


「和をもって尊しとなす」……まことにしかりである。
だが、いつもいつも「和」がうまく作動するとは限らない。
新刊本『ひとを千人』では、みんなテンデンバラバラの自説を言う、個論重視を提唱している。

個々雑多のニュースを、同列で提示する情報誌があってもいいのではないか?
うちのネコは、煮干しの頭を残す。ブーチンがクリミヤに攻め込んだ、
最近の花屋は横柄だ……例えばこういう具合である。

……中に入れない、外からはよくは分からない、
だがニョキニョキ沢山の原発が並んでる、なぜか怖い、やっぱ怖い

 

この程度しか書けなくとも、まるっきり知らんぷりの大新聞よりましである。
99%、驚異的な「和」を達成したヒトラーファシズム、
そして又、ソ連崩壊で80%の「和」をキャッチした欧米列強……
かつての「和」は、ユダヤ殺害に爆走。
目下の「和」はアラブ、アジア人殺害に爆走する……

「和」はおそろしいものではないのか?
民主主義は恐るべき何かへと変貌しているのではないか?

第19回クロコダイル朗読会・朗読舞踏

2013-stage_001

10月14日、渋谷クロコダイルにて
iga舞踏メンバーによる朗読舞踏、「小男スタン・ノーフォーク」を公演。
 
舞踏 十亀脩之介
   吉田ゆき子
   湖上聡史
   戸沢英土
   阿賀猥    
朗読 阿賀猥

スタン・ノーフォークは英国刑務所収監の重犯罪者中、名うての悪漢。
どこであろうと決してへこたれず、どこまでも暴れ回る勇姿を、
舞踏家・十亀脩之介が、長男、薫市君と共に熱演した。
 
朗読は阿賀猥、これに柴田雅人作曲の津軽三味線と、
前衛音楽作曲家の潮上聡史の奇怪メロデイが加わって、
後半は、作曲家、朗読者も囚人服で全員参加。
にぎやかな舞台となった。

私たちの奥の奥には何があるのか?
神様がいると密かに信じている人もいる。
なーんにもいない、カラッポ、「空」とするのが仏教だが、
これは英国が舞台、英国現代生物学と、リチャードソンの悪の遺伝子を採用した。
2013-stage_005

何千年、何万年を生き抜いてきた利己的遺伝子、
ひたすら我が身が大事、弱気きくじき、
我が身の栄達だけを守って何千年、何万年と生き抜いてきた
悪たれの極みの利己的遺伝子が、私たち全員の中にある。
スタン・ノーフォークだけでなく私たち皆の中にある・・・
 
親から子へ、幼子へと引き継がれていく不死身の遺伝子、
不死身の我ら、ということで、幼い薫市君も楽しそうに熱演した。
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阿賀猥ブログに、今回の朗読舞踏ページを設置しました。
阿賀猥ブログ・朗読舞踏『小男スタン・ノーフォーク』
 


 

 


 
来年3月、朗読舞踏を公演予定です!
 
第二回・詩の虚言朗読会《恥》(予定)
 
日時 2014年3月8日(土)
場所 カフェ・ギャラリー・シャイン
(京浜東北線 与野駅 西口 徒歩一分)
 
出演者(予定)
  阿賀猥
  杉本真維子
  下川敬明
  伊集院昭子
  山岡遊
 
連絡先 彩の国夢探偵団・山岡
(携帯)080-5060-2529
(自宅)048-822-2529
 


ミニ本『豆蔵1』『豚志向』

豚志向表紙
目下準備中の小さなミニ本2点をご紹介。

『豆蔵1』表紙
『豆蔵1』表紙

戸沢英土 エッセイ集『豆蔵1』
 
『ドラゴン in the Sea』でお馴染みの
戸沢英土エッセイミニ本。
 
かつて詩誌JO5に掲載、人気を博した「リカちゃん音頭」など、評論みたいだけれどチト奇妙な、いや、とても奇妙なエッセイを3編。
 
 

豚志向表紙
『豚志向』表紙

阿賀猥 もも色の蛤 ミニ画本『豚志向』
 
阿賀猥詩集『真実のお多福豆』から
詩篇「豚志向」をFlashゲーム化。
そのゲームをミニ画本に仕上げました。
 
共に8月末刊行予定。

中也の神と花札物語

中原中也(中学)
谷敏行の絵というとなぜか、中原中也を思う人が多い。
谷敏行自体は中原中也なんて知らないだろう。
マンガとロックだけ。
けれど、どういうわけか、
谷敏行の絵を見て中原中也を思ってしまう。
若くして死んだこと、不幸のあまりに死んだこと、
双方おしゃれさんであったこと、
そして作品の明るさ、あっけらかんとした明るさ……。
このあたりは似ている、と言えば似ているのだが。

以下はドラゴン6章に新たに追加したいとして
戸沢英土が送ってきた中原中也の歌。

中原中也(中学)

人みなを殺してみたき我が心
その心我にわれに神を示せり

中也15歳、中学生のとき
嘆異抄にある親鸞発言に耽溺しての和歌。


戸沢英土は、これは現代にも続けて通ずるとして、こう書いてきている。

誰でも何かをたたき殺す勢いで生きているのだと思う。
人間だけではない、殺処分が凄すぎて、
今は山里にすら野良犬などいない。
人間性を剥奪しなければ社会的には生きられない……
いや、そんな生優しいもんじゃない。
まさに処分という形で、
環境をクリーンアップしていく流儀が現代でしょう。
誰でもが加害者。汚染まみれの食料を押しつけあう……

平和で綺麗な社会……
でもその実体はこうだと、と戸沢英土は見ている。
谷君の絵画世界もその背景にはこの中也の世界がある、
うわべの綺麗でクリーンで平和な世界を剥いだ世界で展開している……
戸沢英土の見方ではこうなるのだろう。
嘆異抄は、親鸞の言葉を弟子の唯円が書き残したもの。
中也の和歌はその中の親鸞の言葉

「人を千人殺してんや……」

に触発されて書かれている。
人を千人殺して見ろ、
そうしたらお前は成仏するだろう……と
唯円が師匠親鸞に、はなしを持ちかけられている場面だ。
嘆異抄の中でも有名なくだり、
まことに物騒な場面とはいえ、中也のような解釈は見たことがない。
おそらくは間違った解釈とされるのだろうが、
私はこの解釈が一番、親鸞の心を表しているように思った。
谷敏行の月
中也の和歌の下半分
「その心われに神を示せり」が、
はじめのうちは、分からなかった。
だが、谷絵画をみて、この「神」が、
谷絵画集「花札物語」の神だと気がついた。
大きな口を開けている怖い顔のお月様、
これが彼ら、中也そして親鸞の神だと。


親鸞の天空にあったのもこの神様。
蓑傘1つで全国津々浦々を放浪、
惨苦の民衆を救おうと苦しみ転げ回った親鸞。
彼の言葉はどれも尋常ではない。
尋常でない神様に喘いだ親鸞、中也、そして谷敏行を思った。

戸沢
「だからせめて自らの創造物だけは美しくあれ、と
文化を飛び越して妄想で世界を作ってしまう。
平和で穏やかで……
でもそれは嘘世界、白々しい嘘世界……」

大半の人は皆、その世界を真実と見るのかもしれない。
それを自然としてそこにいやされるのかもしれない。
だが、どうしてもそうは見ない人がいる。
たわけたい嘘世界としか見ない人がいる。
沈んだと思ったらまたまた現れてまたもや私たちを襲う。
1個、2個ではない、3個も4個もつぎつぎと現れて、
更なる不幸をもたらし、私たちを追い込んでいく、
そういう神としての月。
そういう月が
大きな口を開けて
大笑いしながら
空を圧するばかりの大きさで輝いている。
5月、深夜、
かぐわしい柑橘類の花々の芳香の向こうに細くたたずむ月。
誰もが、その姿にあざむかれてしまう。
誰もが本来の月を知らない。
恐ろしい神としての月。
皆を優しく暖かく包み込む神様ではなく、
隙あらば、殺処分と躍り掛かってくる神様、
千人万人を一どきに殺して笑う神様、
そういう神様が、夜の向こうに、こうこうと輝いている。
貴女には見えないかもしれない、
だが、わたしの上にも
また、貴方の上にも、等しく
あの恐ろしい神々が、
空を圧するばかりの大きさで、輝いている。

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ドラゴン in the Sea 上「はじめに」

ドラゴン in the Sea 上 阿賀猥×中本道代×戸沢英土
ドラゴン in the Sea 上 阿賀猥×中本道代×戸沢英土JO5の流れを受け継ぎ、満を持して登場した『ドラゴン in the Sea 上』。
今回は、まえがきを全文公開いたします。
 
なぜタイトルが「ドラゴン」なのか。龍にも色々あるのに、なぜ「in the Sea」、海の中なのか。
ちょっと長めですが、ご一読頂ければ幸いです。
 
 
 
 
 
 
 
 
はじめに


阿賀猥
 

その昔は神様といえば蛇ないし龍。
世界各地で祭られていたようだ。
稲作農耕の日本では、水の神様として龍神信仰が今も各地に点在、なにかとドラゴンはなじみ深いが、蛇ないし龍が王家の妻として登場しているのに注目した。
 
妻は妻でも刺身のツマのようではなく妙に大きい。
たとえば神武天皇の祖父山幸の妻、豊玉姫。
彼女の産屋が宮崎県の鵜戸神宮に残っているが、八尋(約十五メートル)もの巨大蛇であった。
海神ワタツミノミコトの娘で、出産後は子を置いて独り、海に帰っている。
その置き去りにされた子供、つまり神武の父、ウガヤフキアヘズもまた豊玉姫と同じく海神ワタツミノミコトの娘、玉依姫と結婚している。
おそらくは彼女もまた巨大蛇であったろう。
 
環太平洋ではカンボジア。
アンコールワットも王宮であると同時に巨大蛇ナーガの館。
巨大蛇を妻として毎夜その妻に仕えるという責務が王にあった。
恵みの雨を降らせるありがたい優しい龍ではない。
海を動かし陸を壊す強暴巨大なドラゴンの存在があり、この対策が国家的規模で最重要の課題としてあったのだろう。
海に従う、海を祭る、という形で王家との婚姻がなされたように推測される。
 
特に山幸は、龍宮からの帰還に際して玉手箱ならぬ潮満瓊(シオミツタマ)と潮涸瓊(シオヒノタマ)の二つを海神から貰い受けている。後者は海の水を引かせる働きをし、前者は海の水を溢れさせる働きをする。
まさに津波対策である。
先史時代、環太平洋地帯は今と同じく大津波のすさまじい惨禍を受けたことがあり、その記憶がこれらの土台にあるかと思われる。
 

本稿開始は七年前の二〇〇四年、思潮社小田久郎氏からの電話が発端。
私は当時の新聞記事、
 

「AV女優の志願者が急増している。
 それも旅行会社勤務の女性が多い。
 彼女たちは旅に出ようとしているのではないか?」

 
について、喋った記憶がある。
彼女たちは不特定多数に下半身を開くことで、普遍への道を探ろうとしているのではないか?
そういう目線から世界を見直すことができるのではないか?
そこから新しい広やかな世界へと抜けることが、できるかもしれない。
 
低いから見えないということはない。
低きに低き視点、それゆえにこそ開ける世界があるはずだ。
天をかけるドラゴンではない。
地の底をくねり、世間の塵芥の下、汚泥の中を転びながら、這いながらも、なおも生き続ける私たちの中のもう一つの私「ドラゴン」について、小田久郎氏に奇妙な私信を書き綴ったことがある。
 

前半は1章から3章、ヨーロッパの底の部分から、世界を見渡していく。
国富論がその基盤に抱え持つ長篇詩「ブンブン不平を鳴らす蜂の巣…」、エミリ・ブロンテが「嵐が丘」に隠蔽した奇怪な愛、そしてヒトラー。
雨樋の裏、教会の椅子の裏に彫り込まれた小さな豚の絵から、ホロコーストを追う。
 
後半は4章から7章。
法然、親鸞の思想を現代ロック、デビッド・ボウイ、マリリン・マンソンの歌詞との近似に注目、日本仏教の過激な起源を探る。
その起源、大乗仏教の元祖龍樹の見事な詩行「中論」、そしてそこを貫流するレンマの論理。
西洋ロゴスの論理を軽やかに切り崩していくレンマ、レンマは殺人鬼机竜之助をまた怪物エミリ・ブロンテを許容できるのか。
かくて最後に龍の論理。論理のすべてを許容するかに見えてあるときは一切を破砕する龍の論理。
言語を持たないもの、明確な姿をさえ持たないものたちの無念とその意思を抱え持つ龍の論理、つまりは大自然の意思、これらを感知できるのかどうか?
 

私たち対談者三名はかつての山幸のように、まずは海へと潜ることで作業を開始した。
廃棄された資料、無視された過去の事実を拾い起こし、探ることでドラゴンの意思を読み解こうとした。
キリストの愛、釈迦の明晰が覆う固い強固な地層を壊し、その下にあるものを見ようとした。
 
対談者はそれぞれ資料を持参。
相互に読み合わせながら作成、話題が多岐にわたったため、多くの専門分野の方々に点検を依頼した。
 
長野県の山中、昆虫を追う筑波大学研究員福井眞生子氏、同じく筑波大学物理学研究者、また現代企業最先端を生きる方々、仏教研究者の方々など、二十名以上の方々から大量の資料もいただき納得のいく補正をすることができた。
 
特に上巻は3章経済学を小林健吾氏に、
1,2章を梅原猛氏に点検を依頼、梅原氏には病気静養中にかかわらず、次々に未完成原稿を読破いただき
 

「過激だがものすごい面白さ、あなたはニーチェを思わせる」

 
など、嬉しいエールをいただいた。
ここに御礼を申し上げたい。
 
 
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